クリーンならぬ、ダーティ-・ディーゼル:その2

先週のブログで取り上げた、VWディーゼル車の米国での不正認定(認可)取得事件は、その後も大きくその波紋を広げています。。さすがに、この影響の広がりに経営責任は免れないとして、ヴィンターコルンCEOが辞任を表明しました。しかし、この辞任発表会見で、自分はこの中身を全く知らなかったこと、会社ぐるみではなく、ほんの数人が関与した問題と釈明しました。先週のブログで述べているように、ここまでの明かな’Defeat Device: 無効化装置を動かすソフトを仕込んであることを、内部で6年間も隠蔽し続けることは極めて困難と思います。もしできたとすると、VWのガバナンス、コンプライアンスマネージ体制とその組織に大きな欠陥があり、それを永年許してきた、企業風土、文化にまで遡る問題として、対応策を迫られるでしょう。

このような不法ソフトを仕込むことは、今のソフト技術では極めて簡単です。それを使うことを許可し続けてきた、企業としてのコンプライアンスマネージが厳しく問われるべきと思います。欧州でもこのソフトを使っていたことは明か、欧州の’Defeat Device’判断基準は、アメリカに比べ緩いので、欧州は関係ないと言い募るかと危惧しましたが、欧州であろうが、これは明らかに不正ソフト、VWもさすがにごり押しはやれず、欧州車含め対象1,100万台の大規模リコールを余儀なくされました。

この問題は、あくまで悪質な法律違反の事件、米国連邦議会での公聴会が開催されますが、この公聴会にトップ役員として誰が出席するかに注目しています。企業のガバナンスまで問うとすると、辞任したヴィンターコルンCEO、ピエヒ会長を引っ張りださないと会社としてのガバナンス体制、コンプライアンスマネージ体制までの全容は解明できないと思います。ほんの数人の担当者の責任としてのトカゲのしっぽ切りでの決着は許されないでしょう。

この問題の発端となった、欧米の環境NPO ICCTからの委託によるWest Virginia大からのレポートが発行されたのは、昨年の5月です。そこから、この結果がEPA、CARBに伝えられ、(多分EPAも独自の追試をしたのでしょうが)Defeat Device使用の疑いでその後の処置(リコール)についてVWの交渉に入っていたようです。この段階まで、この問題が会社トップに入っていないことは考えにくいと思います。ヴィンターコルンCEOの今回の釈明会見での、「私は最近まで知らなかった」は全く通用する話しではありません。VWからの対応策が、不十分、かつ曖昧、レスポンスが遅れたため、今回のEPAの発表となったことは間違いないと思います。

しかし、この問題を時々話題となるカタログ燃費と「ユーザー実走行平均燃費」いわゆるリアルワールドとのギャップ問題を混同してはなりません。今回のケースは、米国Certification、欧州Homologation、日本型式認定と呼ばれる、法律に定められている、法規制に適合していることを証明し、確認試験をおこなう認可手続きのルールを破った不法行為、法律違反です。公式の定められた試験法、試験走行モード、審査基準で算定する燃費とリアルワールド燃費のユーザーの実感にギャップがあるのは事実です。

このブログで何度も、このギャップ問題をとりあげていますが、長ったらしく「ユーザー実走行平均燃費」との表現を使うのも、認可のために定められた一定基準の試験法、試験モードで全てのユーザーの、それも寒冷地の冬から酷暑の夏、山間地のユーザー、高速道路使用の多いユーザー、ショートトリップしかしないユーザー全ての実燃費をカバーする試験法は不可能です。その大きくばらつくユーザー燃費の感覚的平均を求めることも、発売前の認可段階では困難だからです。カタログ燃費をユーザーの実感に近づける努力は進められていますが、それにも限界があることはご理解していただけるのではないでしょうか。まだ燃費ギャップは、ユーザーの給油量として把握できますが、排気エミッションのギャップはユーザーには把握できませんし、また場合によっては燃費の比ではなくギャップ量が拡大すします。そのため、公式モード外でのエミッション急増を抑制する要求は特に厳しい排気規制を導入してきた米国で強く、また自動車メーカの認可取得の申請には今回のような不法行為はしていないことを前提に試験をし認可を与えます。

それでも、各国、各地域の公式試験法でも、どんな走り方をしても、基準として決めた規制値を満たすことまでは求めていません。クルマの排気ガス性能は、新車の時だけ守れば良い話しではありません。そのクルマが使われる一生の中で、クリーン性能を保証することが求められています。その追跡調査であるin-use emission test(使用過程車のエミッションテスト)も行われます。このin-use性能を保証するために、この公式試験法での走行モードを越えた条件での触媒高温劣化を防ぐプロテクション燃料増量や、世界にまだまだ存在する粗悪燃料使用時などでのノッキング、プレイグニッションによるエンジン破損を防ぐための燃料増量は認められています。世界で一番厳しい、in-useエミッション保証の規定はカリフォルニア州の定めたLEVII規制で、15年-15万マイル(24万キロ)保証です。個人ユーザーならほぼくるまの寿命までクリーン度保証を求める極めて厳しい保証です。このカリフォルニア州の長期in-use保証も日本メーカーが率先して取り組み、その努力によってやれることが確認されbest practiceとして定められました。このように、米国ではいち早く、リアルワールド(実走行)での環境保全重視に力点を置くことになりました。ディーゼル車には詳しくありませんが、システム保護のための何らかのプロテクション制御とディーゼル固有のパティキュレート、NOxをそれぞれを排気にそのまま流さず一度トラップして、あるタイミングでトラップした排気エミッション成分をバッチ浄化モードで処理する方法は公式モード外で認められています。

この自動車環境性能のリアルワールドの話はCordiaブログで過去に取り上げていますので、ご興味のあるかたはご一読願います。

『リアルワールド』と自動車の環境性能(2011年2月24日)

https://cordia.jp/?m=201102

今回の事件は、前に述べたようにICCTがディーゼル車のリアルワールドでの実態調査研究による異常値の計測がきっかけでした。ICCTは欧州と米国を二大拠点とする、クリーン自動車の普及啓蒙活動、さらにクリーン自動車のリアルの実力に目を光らせているNPOです。残念ながら、日本にはこのような第三者評価を行う組織はありません。

このICCTのBoard Chairpersonは、このクリーン自動車に携わってきた人間なら知らない人はいない元CARB議長 Dr. Alan Lloydです。Board Directorにも元EPA自動車局長 Ms. Margo Oge、Participant Councilに現在のCARB議長Ms. Mary Nichols、 元CARB長官 Ms. Catherine Witherspoon、永らくCARB副長官を務めたMr. Tomas Cacketteなど、現役時代には何度もお目にかかり、クリーンエンジンの開発状況、ハイブリッドの説明などをさせていただいた方々です。まこの方々が、米国、カリフォルニア州の自動車環境規制制定をリードしてこられました。

そのICCTが以前から注目していたのが、リアルワールドでのディーゼル車エミッションの実態です。欧州では、米国、日本に比べ遅れていた(遅らせていた?)ディーゼル車の排気規制強化を2007年からEuro IV、2010年からEuro V、さらに2014年からEuro VIへと強化しました。このEuro IVからVへの規制強化でのエミッション削減効果を実路での効果を検証していたのがICCTのメンバーです。私も、リアルワールドの重要性を訴えていましたので、このICCTの活動をフォローしていました。昨年11月にベルリンのICCTのオフィスを訪ね、燃費とエミッションのリアルワールドと公式試験値のギャップ問題について議論をしてきました。下のグラフはその時に貰った資料の中にあったグラフです。この時は、今回の米国でのVW Defeat Device事件までは明るみにはでていませんでしたが、この欧州での実態調査とWest Virginia大調査の時期は一致しており、ICCTでは米国、欧州ともにこの実態は掴んでいたと思います。

環境保全に熱心で気持ちの良い、優秀なスタッフ達で、日本の状況、中国への進出など様々な話しをしました。彼らは不正なDefeat Deviceを使ったことはまでは明言しませんでしたが、今回の事件に発展しかねない情報はすでに持っていたと思います。かれらとの議論は主に、リアルの実燃費ギャップの議論でしたが、このディーゼルNOx問題も立て続けの強制強化をおこなってきたのに、リアルが改善されていない現状を説明してくれました。図1は、その時説明してくれたデータの代表例、欧州での排ガス規制強化の経緯と、スイス/チューリッヒで実施した路側帯でのNOxエミッション計測値をガソリン車、ディーゼル車で比較したものです。その違いは明かです。

スライド1

図2は、そのさまざまなリアルワールド計測値と規制値の比較をしたデータです。一目瞭然です、規制を強化したにも拘わらず、リアルがほとんど良くなっていないとの実態がつかまれています。この時の議論で示してくれたレポートを読んでも、メーカー、車種は特定されていないものの、高い技術力を売に簡素なシステムで厳しい規制に対応できたとするVWの今回の話しは裏付けられると思います。

スライド2

この夜は、ICCTの若いリサ-チャー3人と、ベルリンの彼らが選んでくれた庶民的なレストランで、ワインとオーストリアの肉料理を堪能し、将来のリアルワールドクリーン自動車の話題で、エキサイティング、楽しい時間を過ごしました。

ドイツ誌”Auto Bild”がこのICCT調査を取り上げてVW以外のエミッション対応にも問題の声を上げていますが、この不正が他へと拡散していかないことを願っています。日本勢有利との記事もありますが、それどころかまだまだ主役の座を続けなければいけない内燃エンジン車全体のバッシングに繋がってくことを一番心配しています。

日本の一部報道、またモータージャーナリストのコメントに、今回の事件に関連し、不正はいけないけれど、影響はそれほど多くない、人が死んでいるわけではないとの論評を読みました。これは、理解不足、ミスリードです。もちろん、ディーゼル排気だけの問題ではありませんが、大気中の放出されるNOx、PMが影響すると見られる死者数は汚染度の酷い中国では、年間160万人に達するとの調査レポートが出されています。(1)この数字は世界保健機関(WHO)の公式数字、中国の年間自動車事故死者数20万人を遙かに上回る数字です。 もちろん、中国で今回のVW車はまだほんの僅かしか売られていませんので、この問題と直接結びつく話しではありませんが、企業スタンスとして問われる問題でしょう。

さらに先々週には、ドイツMax Plank Instituteのレポートとして、このままの状態が続くと、大気汚染による死者数は今の2倍660万人に上るとのレポートがだされています。このところ大きな問題となっている、春先のロンドン、パリの大気汚染警報の発令も、このディーゼル車のエミッションも一因と言われ、都市への乗り入れ禁止など脱内燃自動車の動きが加速しています。

  • バークレー大地球研究所の研究で、中国での大気汚染は年間160万人の死亡者を生み出すことを計算 (UC-Berkely Earth: Journal PLOS ONE)

August 14, 2015 Green Car Congress

http://www.greencarcongress.com/2015/08/20150814-be.html

  • Air pollution could claim 6.6 million lives per year by 2050, double current rate; small domestic fires and ag the worst offenders
  • 大気汚染は2050年までに660万人の命を奪う可能性、現在の2倍の数値(ドイツMax Plank Institute report)

Sep 17, 2015 Green Car Congress

http://www.greencarcongress.com/2015/09/20150917-mpi.html

何度も申し上げますが、VWの今回の件は、あってはならない事件です。どこもこんなことをやっているとは思わないでいただきたいと願っています。しかし、日本でも数年前に大型トラックディーゼルで’Defeat Device’事件が発生しています。日本勢すべてが公明正大とは思いません。そんな背景があり、先週のブログで襟をただして欲しいと書かせてもらいました。また透明性と書いたのも、日本にもICCTのようなNPOの活動余地ができるようなオープンな活動が必要で、こうした第三者機関の公正な情報発信によるユーザへの理解活動も欠かせないと思い筆をとりました。

自動車メーカーも、環境規制など法規制対応の基本、good faith、 fairness、best practiceが原点と他山の石として振り返ってほしいからです。企業風土、文化を守るのは大変です、一度踏み外すと転落はあっと言う間です。全ての自動車メーカー経営者、エンジニアがこの部分では襟を正し、口幅ったいですがこれを守り抜いてきたつもりのOBエンジニアの提言に耳を傾けて欲しいと願います。

公明正大、透明に、米国で法規作りとCertification作成の前提となっている思想のベースは、good faith 、fairness、その規制の趣旨(リアルの大気改善、低カーボン)に対しbest practiceが求められていることを強調しておきます。このfairな土俵での競争にもまれることにより、日本自動車産業は発展をとげることができたと信じています。

今回は私の人生にとっても大きな事件、自動車文化発祥地、欧州でそれもこの自動車文化を牽引してきた、我々にとても尊敬の念を抱いていたVWの不祥事です。厳しい糾弾になってしまいました。

今日のTBSの”ひるおび”でも、私のコメントがとりあげられるかも知れません。あってはならない事件にショックを受けたこうした経験、意見をもっているエンジニアOBのコメントとお受け取りいただければ幸いです。

そんなショックの大きさから長文のブログになってしまったことにもご容赦願います。

これまでも、Cordiaブログに様々なコメントを頂いていますが、基本的に個別のご回答、コメントは差し上げていません。今回も複数のお問い合わせ、コメントをいただきましたが、今回も返事を差し上げませんでした。この場をお借りしてお詫び申し上げます。