章一郎さんの日経”私の履歴書” から その2 初代レクサスの燃費

4月 25 2014

先週に引き続き、現在日経に連載中のトヨタ自動車名誉会長豊田章一郎さんの“私の履歴書”の話題を今週のブログとして取り上げました。ちょうどこの原稿を書き始めた今日23日(水)の話題が、初代レクサス、日本名セルシオ開発のエピソードです。
ここにも大学の大先輩にあたり公私ともにお世話になり、ご指導いただいた当時の技術担当副社長松本清さんのお名前や、この初代レクサスの車両主査鈴木一郎さんが登場して懐かしく思いました。先回とりあげたマスキー法対応プロジェクトの総責任者が松本さんだったこともあり、エンジンの開発をやりたかった筆者は同窓会の折に直訴し、マスキープロジェクト要員を集めたのを機に、このプロジェクトに加わることができました。その時のエピソードが先週のブログの話題です。

マスキー対策を乗り切り、その後に燃料噴射エンジン、そのマイコン制御、エンジンの4バルブ化、出力競争時代のターボ過給、スーパーチャージ過給などさまざまなエンジンの研究開発を担当しましたが、23日に章一郎さんが取り上げた“レクサス”用エンジンのシステム開発にも私は米国向けエンジンの開発担当として携わりました。マスキープロジェクトの流れで、排気規制対応が技術的にも難しく、また燃費性能目標も高い米国向け車両の排気ガス低減を含めたエンジン・システムとしての先行開発(量産設計を前に基本諸元、排気浄化システム、制御系仕様を決め量産設計チームに提案していく開発チーム)が、私が所属していた東富士のエンジン開発部隊の役割でした。

その開発担当エンジンの一つが、この初代レクサスのエンジン先行開発です。投稿記事に書かれているように、最高速度、燃費、静粛さ、空気抵抗、車両の軽さ、すべてでベンツなど競合車をしのぐことが目標の、トヨタとして初めてのV8エンジン搭載プレミアムカーにチャレンジする気合いの入ったプロジェクトでした。もちろん、当時の厳しい排気規制に対応し、燃費も当然クラスチャンピオン、走りはもちろん、アクセル・オンのショック、もたつき、サージ(微振動)はちょっとでも御法度でした。大きな関門が、米国燃費規制にあった燃費の悪いクルマに課せられていたガス・ガズラータックス(ガソリンガブ呑み税)を課せられないレベルに燃費を向上させるターゲットでした。

先行開発の役割は、本社のエンジン量産設計チームに車両主査が作り上げる車両開発目標達成に必要なエンジン諸元、その基本構成、排気浄化触媒諸元、噴射系や電子制御諸元、さらに目標達成のために新技術採用を提案することです。まだ車両の基本諸元が定まっていない中での先行開発段階では、ガス・ガズラータックスを回避できそうな燃費でしたが絶対安全と言えるレベルではないまま本社の設計チームに提案した記憶があります。そこで大抵のプロジェクトは終了し、次のエンジンの先行開発に移っていくのが普通でしたが、このレクサスだけは特別でした。

ここで少し、当時の認可申請と認可までのプロセスを説明します。米国の環境規制に適応しているかを判断し認可を与える官庁は連邦環境保護庁(Environmental Protection Agency:EPA)です。EPAに申請し、認可のための公式試験を受けて認可証(米国では認証:Certification)を取得しなければ、生産・販売はできません。デトロイトの近郊のアナーバー市にEPAの認証試験ラボがあり、最終的にはそこに認証取得申請をしているクルマを持ち込み、排気規制への適合性を判断するエミッション試験とその試験での燃費計測が行われ、それに合格すると合格認定書が発行され、公式燃費もこの試験結果で決まり公表されます。ガス・ガズラー税が課せられるかどうかもこの公式燃費値で決まります。
しかし、認定審査申請を行った全てのクルマがEPAラボで試験を受けるわけではありません。EPAの設備能力に限界があり、大部分の試験は社内でEPAの定めた設備能力をもった試験ラボで行う社内試験値が使われます。もちろんそのクルマが申請諸元値どおりかの厳密なチェックを行い、EPAが定めた設定条件、試験法、判定基準にもとづき厳密な試験を行います。不正行為は行わないことを宣誓し、データ報告にサインをしてEPAに提出します。社内には、われわれ開発チームが社内EPAと呼ぶ、認可申請、社内試験を行う部署があり、厳しく申請内容をチャックし、不正が入り込む余地がないように管理を行っています。もちろん、試験設備、エミッション、燃費を計測する排ガス分析系にはバラツキもあり、毎年アナーバーのEPA試験設備の間の相関精度チェックが行われます。

この認証段階では、もうクルマに燃費向上の手を入れる余地はほとんどなくなるのですが、この初代レクサスでは、車両主査の鈴木一郎さんから私が直接電話をいただき、その余地のないなかでも最後の最後までタックス回避の燃費向上支援をするようにとの要請を受けました。当時はまだ若手の課長、ビッグ車両プロジェクトの大車両主査からの電話に対し、若気の至り、いろいろ注文をつけてお受けしたことを記憶しています。その注文の一つが、立ち上がりまでに重量管理、精度管理をしっかり行い、生産車で新車状態とまでとは言いませんが、すり合わせ走行が済んだ段階で実力燃費としてガス・ガズラー基準をクリアすることが条件と申し上げてお引き受けた記憶があります。その燃費向上にどんな手を打ったかはここでは書きませんが、もちろん昨年あったEPA認定燃費詐称問題のような不正は神に誓ってやっていません。社内EPAがちょっとの間片目をつぶる程度の内容です。

初代レクサスのような注目車は確実にEPAから及びがかかり、アナーバーラボでの試験も何回か実施されました。社内試験とEPAアナーバーラボでの結果を併せて、目標どおりガス・ガズラータックスを余裕でクリアすることができました。

この後日談ですが、この若手の注文に対し、鈴木一郎主査は生産開始のギリギリまで開発の陣頭指揮をとられ、静粛性も売りのクルマに対し遮音シートの厚みのコンマ台の削減、最終段階での部品重量の削減、ブレーキ引きずり量の低減、ペラシャフトの組み付け角度精度の維持により転がり抵抗を減らすなど、この段階でやれる限りの手たれました。われわれも、生産開始とともに生産ラインからでてきた生産車の耐久走行試験を行い、新車状態からガス・ガズラータックス基準をクリアし、5万マイル走行後では開発の当初目標を上回る非常に良い燃費実力を持っていることを確認させてもらいました。

最後の最後まで手を抜かず、やり抜くことの重要性を鈴木一郎主査とのこの仕事からも学ばせてもらいました。初代プリウスのハイブリッド車開発では、今度は当事者として、公式燃費目標達成に取り組みましたが、生産ラインに入り込んで、目標達成余地を探りまわるこのレクサスのやり方を車両主査チームにもお願いしギリギリではありましたが、私自身が技術発表会で宣言させられた?、燃費2倍を達成することができました。もちろん、初代プリウスでも、しっかり生産車の走行試験、モニター試験を行い、生産車も目標通りの燃費、走行性能がだせていることを何度も確認しました。