章一郎さんの日経“私の履歴書“とマスキープロジェクト

入社当時の仰ぎみたトヨタの先人たち
われわれの世代のトヨタOBは豊田姓のトップの方々を、内輪では姓を省略して英二さん、章一郎さんとお呼びしていました。4月から日経紙の“私の履歴書“欄にちょうど章一郎さんが寄稿されており、今日(17日)掲載16回のテーマが1970年米国大気浄化法(マスキー法)への対応をスタートとする、排ガス対策の話題でした。これまでも、噂に聞いていた芝浦の特殊研究室の話、入社当時遠くに垣間見た石田退三さん、昨年お亡くなりになった英二さんの話題、工場実習や生産管理部での実習でお見かけした大野耐一さん、静岡の研究所の私の席の近くでガスタービン車の開発を熱く語っておられた初代クラウンの車両主査中村健也さんなど、トヨタを築き上げた先達の方々が登場するたびに懐かしく読ませていただいていました。

今日の話題、マスキー法対応プロジェクト
今日(17日)掲載16回のテーマが1970年米国大気浄化法(マスキー法)への対応プロジェクトからスタートした排ガス対策の話題でした。このマスキープロジェクトに加わりクリーンエンジン開発に取り組んでいたのが、まさに私の青春時代、自動車エンジニアとして鍛えられた時期でした。最後の部分で“当時の技術陣の努力に感謝した”と書いていただいたことに、技術陣のはしくれにいた一人として嬉しくなりました。
ここで書かれているように、確かにこの時期、英二さんも、章一郎さんも静岡の研究所にしょっちゅう立ち寄られ、われわれマスキープロジェクトの実験室を視察され、激励をしていただいたことを思い出します。この排ガス規制を乗り切ったことが、ここまでのトヨタの発展、さらに日本自動車産業の発展の大きなマイルストーンだったことは間違いないと思います。

三元触媒に出会ってその初期性能の高さに目が点
自動車用エンジンで触媒を使いこなす方法、技術を見つけ出すことが、私の最初のテーマでした。その触媒の一つが、文中にもあった排ガス中の主要規制成分の一酸化炭素(CO)、ガソリンの燃え残り成分の未燃炭化水素(HC)、高温の燃焼で空気中の酸素と窒素が結びついて発生する窒素酸化物(NOX)の三成分を同時に一気に浄化する三元触媒でした。この三元触媒を使いこなすテーマが私の担当となり、英国Johnson Matthey社の試作品が手に入りトヨタの中で最初にエンジン実験をやったのが私だったと思います。エンジン排気管に入手した触媒を溶接してとりつけ、エンジンを一定回転、一定負荷(空気量を調整するスロットル弁を一定開度)に保ち、燃料を供給するキャブレターの燃料調整部を自分で調整して触媒の性能を見る味見試験が最初でした。この時の感激は今も忘れません。ぴたっと合わせると、CO、HC、NOXの三成分が、同時に一気に90%以上も浄化されてしまいました。まさに目が点状態、しかし10分もすると調整をしたはずのキャブの燃料供給状態が微妙に変わり浄化率がガタ落ちになることもすぐ経験しました。

三元触媒を使うために酸素センサーによる電子燃料制御エンジンへ
それを使いこなすために提案されていたのが、エンジンの排気管に燃焼ガス中の燃え残った酸素濃度を検出する酸素センサーをつけ、その信号によって三元触媒が最適な燃焼状態を制御する方式です。その酸素センサーを使って、シリンダーに供給する燃料を制御する方式に、キャブレターの燃料通路を制御する方式と当時としては高価な高級エンジンに使われ始めたシリンダー毎の吸気管にガソリンを噴射する電磁噴射弁をつけ燃料を制御する電子制御燃料噴射弁エンジン、トヨタの呼び方としてのEFI方式の二つがありました。このEFI方式はさらに噴射弁まで燃料を送るポンプまで別に持つため非常に高価な方式で、またドイツ・ロバート・ボッシュ社の特許でがんじがらめ、当時トヨタの開発陣の中でこれがどんなクルマにも使われるポピュラーな方式になると考えていたエンジニアはほとんどいませんでした。キャブレター方式もその燃料量を安定して制御することが難しく、どちらの方式でも三元触媒方式はすぐにはものにならないとの意見が主流だったと記憶しています。触媒だけではなく、酸素センサーも数時間の試験で検出特性が使い物にならないぐらいずれてしまう代物でした。マスキー規制にホンダCVCC方式がクリアできたとの報道もありましたが、広く様々なエンジン、車種に展開できる触媒方式を主力においていた米国Big3とトヨタ、日産勢はなかなか見通しをつけることができないでいました。燃料無鉛かの遅れや触媒を安定して使いこなす点火系の信頼性確保などの見通しがつかなかったためです。ひとまずはマスキー規制を緩和した暫定規制となり、この暫定規制と日本の50年規制に対応するCOとHCの二成分を触媒で除去する酸化触媒方式が本命となりました。章一郎さんの文章にある、英二さんが国会喚問で排気規制への対応遅れを追求され、実際にその開発の前線にいるエンジニアとして触媒方式の商品化見通しをつけることができず、悔しく、情けない思いをしたのもこの頃の話です。

EFI電子制御エンジン研究開発の担当がエンジン・システム・エンジニアの原点
ちょうどそうした時期に係長に昇格し、新米係長なら当分ものになりそうもない三元触媒を使うEFI電子制御エンジンの研究開発担当なら失敗してもダメ元、時間もあるからと私の担当になりました。この三元触媒をエンジンとして使いこなすテーマから、その手段としてEFI電子制御エンジン、そのデジタル制御化の開発に取り組めたのが、私のエンジン・システム・エンジニアとしての原点だったと思います。
その頃はがむしゃらに、夜昼なしに実験室にこもり、またクルマを使った試験で走り回りました。この三元触媒EFI電子制御エンジンの実用化を突き詰めるなかで、排気ガスのクリーン化だけではなく、クリーン度が上がるとそのポテンシャルを低燃費やエンジンのパワーアップにも振り向けることができることも解ってきました。エンジン、触媒、制御といった機能、部品単体としての開発だけではなく、エンジン・システム、車両システムとして開発に取り組むことの重要性を実感したのがこの時期の体験です。この流れのなかで、このEFI方式が6気筒エンジンや4気筒スポーツエンジン搭載車に使われるようになり、さらに4気筒の排気量の大きい一般車用エンジンから排気量の小さいエンジンまで広がっていきました。達成困難と思っていたマスキー規制もクリアでき、一時廃止していたスポーツエンジンも復活、さらに4弁エンジンやいままた低燃費エンジンとして大流行になったターボ過給エンジン、スーパーチャージャーエンジンが出せるようになったのもこのEFIエンジンのデジタル電子制御があっての話です。

システムとしての全体最適をハイブリッド開発マネージの最重点
このシステムエンジニアとしての体験と自覚が、ハイブリッドプリウスの開発リーダーとして生かせたと思っています。エンジン、駆動、その駆動系に入り込む発電機とモーター、エンジンの動力に加える電池電力、それぞれの個別最適化の組み合わせではハイブリッドシステムは開発できません。エンジン、駆動、発電機、モーター、電池、さらにはブレーキ、車両全体の電源供給までのハイブリッド全体システムとして、さらにクルマ全体としての最適化とその不具合未然防止に取り組むことができたことがハイブリッドプリウスの立ち上げに結びついたと確信しています。
目が点になる高い三成分浄化率をもった触媒があっというまに性能低下を起こし、また数時間の耐久試験で劣化し、そのさなかにエンジンが失火すると場合によってはメルトダウンしてしまう触媒をどのようにシステムとして使いこなし、これまた数時間の耐久試験で検出特性が変わってしまう酸素センサーをどのように使いこなしシステムとして商品化にこぎ着けたかは、次の機会にご紹介したいと思います。