2000年マイナーチェンジでのビッグチェンジ

今日は2000年5月に発売を開始した初代プリウスのマイナーチェンジのエピソードをご紹介します。車両としてはマイナーチェンジ、外形デザインに大きな変更はなく、初代初期型についていた車両前後バンパーの防振ゴム、通称カツブシがなくなり、これで見分けることができます。いまでもこの黒いカツブシバンパーの初代初期型プリウスとマイナーモデルを見かけるとその健気さと、大切に使っていただいているお客様への感謝で胸一杯になります。

1997年12月、なんとか『21世紀に間に合いました』とのキャッチコピーで国内販売に漕ぎ着けることができましたが、正直言ってすぐに欧米導入をする自信はありませんでした。米国、欧州での販売スタートはこの2000年のマイナーチェンジからでした。初代の発売時にもトップや広報サイドから欧米導入を検討するようにとの話がありましたが、国内で経験を積み、それをフィードバックするためにマイナーまで見送ってもらいました。
しかしこの合間をついたホンダの初代インサイトに北米初の量産ハイブリッド車の座を明け渡してしまったことは今も癪の種ですが、こうした新技術一番のり競争が技術進化を加速させることも確かです。

マイナーチェンジ

実質的にはフルモデルチェンジだった2000年マイナーチェンジ

北米、北欧の氷点下40℃からアリゾナ、ネバダの50℃近い気温、コロラド州コロラドスプリングスから登っていく標高4301メートルのパイクスピークは特別としても、デンバー付近では標高2500mを超える峠道はざらで、加えて通常の小型車でも時速150キロ程度で流れているドイツアウトバーン走行で危険を感じないで走るには力不足であることは明らかでした。アウトバーンももちろん平たん路だけではありません。時速150キロで流れる3%を超える坂道もあります。それすら世界の走行環境からはほんの一部、その普及への次のマイルストーンとしたのが、北米、欧州導入を目指すこのマイナーチェンジでした。

さらに信頼性、耐久性品質の確保には万全を期したつもりですが、クルマからハイブリッド、その構成部品のエンジンまですべて新規開発、これまで作ったこともない部品のオンパレードです。17年たった後に開き直ると新技術、新システム、新部品に故障はつきもの、路上故障で走れなくなるとお客様へとんでもないご迷惑をおかけしてしまいます。国内海外を問わずお客様にご迷惑をおかけすることには変わりはありませんが、国内ならば故障時の処置をスピードアップさせ、御免なさいで乗り切ろうと覚悟を決めました。

これも以前のブログで紹介しましたが、初代発売と同時にシステム開発評価のスタッフ達が、故障修理支援、原因究明、対策の特別チームを結成し、24時間以内の処置完了、不具合再発ゼロを合言葉に国内販売店からの連絡に即応し飛び回ってくれました。初期不具合の多発で多くのお客様にご迷惑をおかけしましたが、その後のスピーディーな対応でご迷惑をおかけしたお客様からも声援の声をいただき、日本ユーザーの暖かさをしみじみ感じた二年間でした。

欧米で通用する基本性能の確保と日本での経験、信頼性品質向上への取り組みのフィードバック、欧米のクルマの使い方を想定した設計見直しが必要と判断しました。クルマはマイナーチェンジですが、モーター、発電機、インバータ、電池などハイブリッド構成部品の90%以上をすべて作り直すハイブリッドシステムとしてはほぼフルモデルチェンジ規模の大変更を行ったのがこの2000年のマイナーチェンジです。

生産販売を行っている初代プリウスの少なくはない不具合調査と修理支援、さらに不具合原因の対策とその効果の確認をやりながら、同時にシステムとしてのビッグチェンジを行う作業を同じスタッフ達にやってもらいました。初代と同様の超短期、息のつけない、これもまた誰も過去に経験したことのない苦しい開発だった筈です。多くの専門スタッフがいたわけではありません。初代プリウス開発の途中から加わった若手が戦力になり、初代をやり遂げたスタッフ達とこれまた少数精鋭、やり遂げたことが、さらにその先の二代目プリウス、ハリアーハイブリッド、エスティマへとトヨタ・ハイブリッド・システム(THS)が発展していきました。その意味でも、このマイナーチェンジがそれからのTHS拡大のエポックであったように思います。

白紙で見なおしたフェールセーフ制御

この、マイナーでのビッグチェンジで今のTHSの発展につながる、ハイブリッドシステム制御系変更のトピックスをいくつか紹介したいと思います。

その一つが、システム故障時にクルマを安全に退避させ、他の部品への不具合の波及を防ぐ、フェールセーフ制御の見直しです。エンジンと電気モーターを使い分けて走らせるのがハイブリッドです。走る、止まる、曲がる、クルマの基本機能を動かすエネルギー、電力をマネージするのがハイブリッド制御系、マイナーでこれを全く白紙から作り直す作業を行いました。

この基本部分が、フェールセーフ系の再構築と故障診断判定制御です。初代の立ち上がりでは、ハイブリッドシステム故障、部品故障を検出し、それぞれのコンピューターから故障信号が送られてくると、エネルギー、駆動力、電力供給を止めるシステムシャットダウンを基本としていました。制動力、操舵力維持の最低限の電力供給を行い、惰行で回避してもらいクルマを止めるやりかたです。

走行駆動力、制動力、操舵力を保障できない故障の最後の手段がシステムダウンです。開発段階でトンネルを出た直後のシャットダウンで生きた心地がしなかったとのスタッフからの報告も受けていました。車線の多い道路の右折待機中のシャットダウンなどなど、走行中のシステムシャットダウン制御が決して安心、安全なやりかたではないことはもちろん判っていました。しかし、当初は正常、故障判定をしっかり行って残りの走行機能でできる限りの退避走行をさせるだけのシステム設計の詰めまではできず、電池が使える時のモーター走行以外はシャットダウンを基本とせざるを得ませんでした。

エンジン、電気モーターの二系統の駆動源を持つのがハイブリッドですので、故障判定さえしっかりやれれば故障していていない動力源を使って退避走行させる機能は従来車以上にやれます。しかし、故障か正常か、仮に正常と判定したとしてもどこまでそれを使って良いか、その判定は簡単ではありません。飛行機は二重系が原則、場合によっては三重系での多数決で判定することも重要部分ではやっていると聞かされました。

二重系ではどちらが正常かの判定はできません。また三重系や故障検出センサーを増やしては、部品点数を増やし複雑にした分、故障確率が増え信頼性はかえって低下してしまいかねません。さらに自動車ではそこまでのコストを掛けた設計では実用化は難しくなってしまうことも開発屋の本音です。初代は止む無く、最後の歯止めがシャットダウンでした。

ハイブリッドではサービスの見直しが必要だった

マイナーでは、このシャットダウン制御の根本からの見直しを行いました。様々な故障モードでクルマの挙動としてどうなるか、その挙動と退避走行制御への切り替えでドライバーのパニック操作を引き起こしてしまわないか、制御プログラムだけの変更と疑似信号でのシミュレーション実験やデバッギングで済ませる訳にはいきません。構成部品一点一点の故障モード解析とクルマでの挙動解析とその確認実験、エンジンやトランスミッション、モーター設計スタッフ達、それぞれの制御設計スタッフ達とのデザインレビューの繰り返し、殴り合いまではいかないまでもその故障判定条件、設計判定条件のレビューでは喧々諤々の論争と、実際のクルマを使った故障再現とその確認の繰り返し作業でした。

この作業を通し作り上げたのが、その後のTHSの基本となる、故障診断、フェールセーフ制御系です。車両、システム挙動からの故障判定、部品信号モニターからの故障判定、さらにこのシステムレビューとクルマ、システム、部品レベルまでの正常挙動、異常挙動分析と故障診断を行い、このマイナーチェンジからシステム故障時もすぐにシャットダウンではなく、駆動力を出せるかぎりは走らせる方式へと切り替えていくことができました。

このシステム挙動分析、確認試験の繰り返しにより作り上げたもう一つの機能が、故障修理、整備の時に使う故障診断、修理サービスツール、システムの構築です。初代の立ち上がりに故障修理支援の特別活動を行った理由の一つが、この新しいハイブリッドシステムの修理書、サービスツール開発まで手が回らず、さらに販売店サービスマンの故障診断、修理トレーニングも十分に行えなかったこともあります。欧米展開を見送った理由の一つもこの故障診断、サービスツールの整備をやってからとの判断がありました。

初代立ち上がりでは、販売店トップから販売店での修理、サービスが難しいとのお叱りもいただきましたが、何とか特別活動チームの頑張りと、こうした特別チームの支援により乗り切りました。マイナーでの故障現象の判定ばかりではなく、故障部位、故障部品まで特定する新しい故障診断システムを整備し、さらに日本だけではなく、欧米拠点でのサービスマントレーニングも充実させたことが、振り返るとTHS発展のもう一つのターニングポイントだったと思います。

このブログを書いている最中に三代目プリウスのモーター制御系リコールのニュースが飛び込んできました。非常に残念なことですが、初代、マイナー、二代目、三代目とここで取り上げたシステム制御の信頼性、品質向上に取り組んだ蓄積がまだまだ有る筈、190万台ものお客様にご迷惑をおかけしてしまったことを肝に銘じ、迅速、確実な対応を進めてくれるものと信じています。