日本の原子力技術はどうなる?

7月 11 2013

吉田昌郎氏の逝去の報せ

3.11当時の福島第1原発所長、吉田昌郎氏がお亡くなりになりました。ご冥福をお祈り申し上げます。以前のブログで、3.11のあの時から昨年7月脳出血で倒れられる10日前のインタビューまで、吉田所長の福島第1発電所現場責任者としての活動をとりあげた“死の淵を見た男”に日本人の現場力として強い印象を受けた話を紹介しました。

この死去のお知らせの後、東電から早々と吉田氏の死因はあの原発事故による放射線被ばくではないとの発表があり愕然とさせられました。もちろん病理学的には発表に間違いはないでしょうが、あまりにも非人間的な発表です。吉田所長のあの現場で自分だけではない部下たちの死をも覚悟し、様々な外乱も受けながら事故処理に取り組まれた肉体的、精神的ストレスが影響しなかった訳はありません。まさに殉職されたといっても過言ではないと思います。いかに放射能被ばくの影響とはチラとも言われたくなくとも、あまりにも組織の論理優先の対応に愕然としました。

慎重を重ねた上での再稼働を

何度かブログで書いたとおり、私は世界のエネルギー事情、地球温暖化緩和を考えると原発は必要と考え、将来の自動車も夜間の原発発電で余る低CO2電力をプラグイン・ハイブリッド電池の充電用に電力料金も深夜電力料金よりもさらにディスカウントしてもらい使わせてもらおうとのシナリオを描いていました。原発安全神話をすべて信じていたわけではありませんが、地震国・津波被害国の日本ではその対応を行なっていて当然と考え、それに対して想定外なるセリフが飛び出したことすら信じがたく、あれほどもろく原発安全神話崩れさるとは考えてもいませんでした。

しかし私はそれでも脱原発へと宗旨替えはしていません。もちろん、なによりも安全最優先であり、それこそ地に落ちた日本科学技術の英知を集め念には念をいれた安全確認、その判定を行い、地元、国民に対する十分な説明をしたうえでの再稼働が大前提です。

その上での電力会社の都合だけではなく、被災地の復興、日本経済再生のためにも、さらに地球温暖化抑制のためにも原発再稼働は必要というのが私のスタンスです。

3.11以後、確かに原発なしでも11年、12年と夏冬の需要期を乗り切りました。石炭、石油、LNG火力へのシフトと節電の効果です。静岡東部の私の自宅も東電エリアで、電力料金値上がりももうばかにならなくなっていますが、産業界への影響はもっと甚大です。もの作りにはエネルギーが必要で、ただでさえ安くはなかった日本の電力代が、火力発電へのシフト、原発停止、円安と値上げにつぐ値上げで悲鳴が聞こえてきています。

水力資源の再開発、地熱、バイオ発電の拡大は大賛成です。しかし、このリニューアブルエネルギー拡大にも限界があり、さらに経済原理抜きでの拡大は財政的にも持続化可能なものにならないことは自明です。

稼働していなくても多大なコストを要する原発

私は根っからの現地・現物派です。原発のこれからを自分の眼で確かめたく思い、昨年は津波対策の防潮堤工事、冷却用非常電源工事をやっていた中電浜岡原発を見学させていただき、今年の1月には福島第2原発の見学をさせていただきました。もちろん、どちらも運転停止中で、原子炉格納容器の天井がはずされ、燃料プール、圧力容器の下部までくまなく見せてもらいました。

福島第2では増田所長自ら時間を割いていただき、発電所作業操作のトレーニングを行うシミュレーター室で3.11当日の電源喪失、冷却系ダウンからリカバーの様子のシミュレーター動作をオペレータ室計器盤の動きや警告音、さらにオペレータの緊急作業まで当時の経過を臨場感あふれる経過として体験させていただきました。

次に原子力建屋の内外、海水を被り使えなくなった非常用ディーゼル発電機建屋、津波被害の痕跡が残る埠頭と所内をすみから隅まで予定の時間を超えて見せていただき、当時の状況を説明いただきました。昨日発売された文芸春秋に、これもブログでとりあげた福島第1原発事故を扱った“カウントダウン・メルトダウン”の筆者船橋洋一氏のインタビューによる福島第2発電所増田所長の3.11大震災と大津波襲来から冷温停止までのさまざまな活動を語った会談記事がのっていましたが、見学時にお聞きした通り、所長はじめとする所員の方々、協力会社の方々など発電所現場の方々の献身的な活動が生々しく語られていますので、興味のあるかたお読みすることをお勧めします。

浜岡も福島第2も、運転停止中ですので使用済み燃料棒、使用中の燃料棒が燃料プールに保管されており、その状況まで見せていただきました。いまもなおその燃料棒自体を冷やし続けることが必要であること、そしてその膨大な燃料棒が溜まっている状態も目の当たりに見ることができました。

見学は大震災から20ヵ月も経過した今年の1月でしたが、福島第2だけでも、維持管理のための復旧工事、安全対策などのためその見学時も毎日3000人以上のかたが作業を行っておられるのが印象的でした。停止中でも膨大な作業続けることが求められ、さらに廃炉にも多くの専門家が必要です。さらに後処理にも何年にも私多くの専門家が研究開発に取り組むことが必要になります。

日本にはこの福島第1、第2で大災害後の緊急事態に献身的に対応された多くのスタッフ、関連会社のかたがたがおられます。また各地の原発にも同じように多くのエキスパートがおられるはず、さらに原子力関連の研究者、開発者も多いはずです。脱原発の声で、この方々のモチベーションを下げ、散らしては日本にとっては大きな損失です。

原子力技術の継承を

もちろん過去の排他的な原子力村の論理、根拠がなかった安全神話を排し、国際的にも通用する安全チェックと規制体制を作り上げることが前提ですが、脱原発への後戻りはできないことはこの溜まりに溜まった燃料棒を見て痛感させられました。

福島事故に対しては真摯に反省したうえで、専門家人材を散らさず、その事故対応、緊急対応をされた発電所現場スタッフ他多くの専門家の貴重な体験を生かし、原発の安全確保、安全性を追求した次世代原発、後処理技術などに取組むこと、世界にこの体験を発信することも日本の責務と思います。

私の専門である自動車では、ここ当分は電気自動車が今のクルマに代わって普及することはないと思います。私も自動車に安くかつ原発比率が高まりより発生CO2が下がる深夜電力が使えることを期待してプラグイン・ハイブリッド(PHV)の開発をスタートさせましたが、3.11がその将来シナリオを大きく狂わせてしまいました。

シェール革命などで、石油燃料枯渇の心配が遠ざかった今は、CO2削減の目的にしても電気自動車、PHVなど外部電力充電を行うプラグイン自動車の意味はほとんどなくなっています。低CO2電力による充電がPHVによるCO2低減の前提ですが、リニューアブル電力でわずかの台数を充電する程度ではCO2低減効果はわずかに留まります。

電力安全担保は前提ですが、日本のエネルギーセキュリティ確保、CO2削減のためにも原発の少なくとも維持は必要と考えます。少なくとも原子力技術を目指す人材が枯渇すると、後処理すら日本自力ではできなくなってしまうことを憂いています。