ホンダ『アコード・ハイブリッド』と電気CVT

先月31日、ホンダは6月21日から国内で『アコード・ハイブリッド』の販売を開始すると発表、同社Webサイトでそのティザー広告を開始し、新聞でも全紙広告を打ち始めています。

『アコード』はここ最近ではアメリカ専売車となっていましたが国内での復活、またJC08燃費リッター30㎞を引っ提げてハイブリッドバージョンをアメリカに先駆けて発売したのを見て、燃費チャンピオンを続けてきたトヨタハイブリッド群に対してホンダが真っ向勝負を仕掛けてきたと強い関心を持って見ています。

エンジンは排気量2L直列4気筒エンジンの高膨張比アトキンソンサイクルを採用し、アトキンソンながらVTECを活用した高回転化によって最高出力143ps(105kW)/6,200rpmと馬力も稼いでいるようです。エンジン出力と電池出力を合わせたシステム最高出力199ps(146kW)であり、とするとエンジン最高出力とシステム最高出力の差56ps(41kW)が電池からの出力ということになります。高出力タイプのリチウムイオン電池を搭載し走行パワーを高め抜群の低燃費とともに走りの両立をめざしたのがこの「スポーツハイブリッドi-MMD」(インテリジェント・マルチ・モード・ドライブ)と謳う所以のようです。

このようにシステムの概要などは紹介されており類推は可能となっていますが、詳しい諸元はまだ発表されていません。発表された資料によるとハイブリッドシステム構成としてはシリーズハイブリッドを基本としそれにクラッチで駆動輪にエンジン駆動力を直接伝達するパラレルパスを加えたもので、これはトヨタのハイブリッドTHSと同じカテゴリーと言ってもよいシリーズ・パラレル・ハイブリッドです。

THSとスポーツハイブリッドi-MMD の比較をもう少し詳しく説明すると、THSが動力分割用の遊星ギアを使いシリーズ・パラレル運転を行っているのに対し『アコード・ハイブリッド』では、エンジン軸と車輪駆動軸の間にクラッチをもち、基本はそのクラッチをオフとしてシリーズハイブリッド運転を行い、エンジン運転効率が高くなった領域ではクラッチを接続しエンジン直結運転をさせる、クラッチ切り替え型のシリーズ・パラレル・ハイブリッドです。

電気CVTとメカCVTは機構的には全く違う

このアコード・ハイブリッドの変速機構については、THS同様に電気CVT方式と表記されています。この電気CVTというものは誤解を招くネーミングなのですが、実はその責任は私にあります。それは初代プリウスの監督官庁への車両届け出申請をするとき、2モーター方式のシリーズ運転部分が電気/駆動力変換がそれまでのメカ(機械式)CVTと動作が近いことから電気CVT方式と届け出てそれが受理をされてしまい、それ以来この方式が電気式CVTとして定着しました。しかし、個人的には何かメカ変速機を持つタイプなのではと誤解されやすく、もっと良いネーミングがあったのではと今は少し後悔しています。これら電気CVTは、シリーズパスの動力伝達ではエンジン動力を発電機で電気に変換し、その電力を直接モーターでの駆動力と電池充電の電力として使うもので、メカCVTのような変速機構を持っているわけではありません。

高パワー・高応答の発電機でエンジン回転数を制御して電力変換を行っているわけで、THSもホンダ方式も基本的には通常のエンジンを使ったハイブリッド走行領域ではその時の車両走行パワーをもっとも効率よく引き出すエンジン最適燃費運転域に制御しています。これが結果的にはメカCVTと似たようなエンジン回転動作をすることになり電気CVT方式と届けてしまったのが真相です。

メカCVTもその殆どがその長所を伸ばすために燃費最適に合わせたエンジン回転制御を行っていますので似た形になるのですが、電気CVTとメカCVTはこのように機構的には全く違うもので、その特徴は大きく異なります。例えば、電気CVTでは高性能・高応答のエンジンと高応答の発電機での変換した電力を高応答モーターに伝達し、メカ伝達とは次元の違う駆動力応答を実現することができます。また、これに加え高出力電池からのアシストパワーをさまざまな走行用域で活用できるのもこのシリーズ・パラレルの特徴となります。

THSはこれまで、欧州低燃費車の定番である過給ダウンサイジングエンジンと多段DSG変速機を組合せた方式と対比され、多段DSGのダイレクト感に比べTHSのダイレクト感のないCVTフィーリングに違和感があるとよく言われてきました。個人的には、これには電気CVTというネーミングによる先入観によるものもあるのではないかとも考えています。

欧州勢の多段化もまた燃費最適を目指したもので、これはメカCVTが目指してきた方向性と全く同一線上にあり、私はエンジンの回転制御という点においてはメカCVTと電気CVTも多段のDSGやATも全て同じカテゴリーに含まれていると考えています。

もしスポーティ走行でドライバー自身のトラクションコントロールが必要なのであれば、このシリーズ・パラレル方式でもいろいろやりようはあり、密かに『アコード』がシリーズ・パラレルのシリーズ部分を高出力電池のパワーアシストを生かした上手いチューニングで払拭してくれるのではと期待しています。

このような電気CVT方式と言う名前が持つイメージを打破し、シリーズ・パラレル方式での低燃費&商品力競争の結果として新しい定義を確立させるような、革新的な技術の提案が表れて欲しいと思っています。

シリーズ・パラレルに帰着するフルハイブリッド

さて、低燃費を追及してフルハイブリッドを選択し実際に開発するとなれば、シリーズ方式の限界に直面しそれを打破する為のパラレルパスが欲しくなります、これは私には手に取るように解る開発の流れです。トヨタではこの手段として遊星ギア方式のシリーズ・パラレルを採用しました。

ホンダはプラグイン狙いでシリーズハイブリッドから開発をスタートさせたようですが、やはりパラレルパスが必要となってクラッチ直結モードを選択しクラッチ切り替え方式のシリーズ・パラレルとなったように思います。ホンダはこれまでIMAというエンジン直結パラレル方式のハイブリッドを生産していましたが、こちらは高速走行の低燃費には限界を持ちます。最終的にはこのような流れで、シリーズとパラレルの切り替えを行うシリーズ・パラレルと帰着したと推測しています。この切り替えをどのようにショックなく行っているか非常に興味があり、試乗をしてみるのが楽しみです。

レンジエクステンダー電気自動車と自ら呼ぶGM『VOLT』のハイブリッドはモード切り替クラッチを3セット、さらに動力分割の遊星ギアを使う方式で、基本的な動作は今回の『アコード・ハイブリッド』と同じシリーズベースにパラレルをほんの少し組み合わせたものですが、結局『アコード・ハイブリッド』に比べはるかに複雑な構造となってしまっており、さらにハイブリッド走行燃費が大きく見劣りするものとなってしまっています。

ハイブリッドであろうが、従来エンジン(コンベ)であろうが、低燃費の基本はエンジン効率の向上に帰着します。アトキンソンサイクルエンジンの採用も必然の方向で、エンジン効率が低下するアイドル・低中速走行でのエンジン停止と、それを推し進めたEV走行を行うフルハイブリッド化もまた必然です。

さらに電池の高出力化によるシステム出力アップでは、まず走行性能向上に注目が集まりがちですが、高出力化を果たすと減速回生の回生パワーも高めることも出来る点を見逃してはなりません。減速時にクラッチを切り、エンジンや発電機のつれ回りによる損失を減らして回生効率を高め、さらに高回生入力が可能な電池で回生量自体を増やすことも低燃費に貢献していると思います。排気量を2Lに留めたのも、エンジンの教科書どおりのダウンサイジング過給と同じ考え、過給の代わりに電池パワーアシストを利用すると言う思想で、電池エネルギー容量は1.3kWhとプリウスのNi-MH電池と同じ容量ですが、リチウム電池の採用により軽量・コンパクトながら56ps(41kW)もの高出力化を達成し、燃費に最も大きなインパクトを与える車両の軽量化に貢献しているのも見て取れます。

まだ詳しい車両諸元、システム諸元やシステム構成は公表されていませんので、実力のほどは実際に発売されてそれらが公開された後、またやはり実際に試乗して見ての見極めと、何よりもマーケットでの反響をみてのお楽しみですが、THSに対しやっと強力なライバルが現れてくれたのではと私は純粋に期待に胸を膨らましています。

激烈な競争があってこそ、技術は進化する

数年前、海外のフォーラム後にホンダのエンジニアと呑む機会があり、2代目インサイトではもっと低燃費と走りでプリウスと真っ向勝負してくることを期待したのに、肩透かしを喰わされて残念だと話をしたことがあります。その頃は「ハイブリッド嫌い(トヨタのハイブリッドが嫌い?)のトップの方の厳しいコスト低減要求で勝負ができなかったのでは」と勘ぐっていましたが、今度こそこの『アコード・ハイブリッド』と、デュアル・クラッチ・ハイブリッドを搭載し間もなく登場すると言われている『フィット・ハイブリッド』では、純粋に技術における激烈な競争を繰り広げて欲しいと思っています。

私は現役時代、ハイブリッドシステム全体だけではなく、エンジン開発でも日本勢では日産、ホンダ、さらには海外のVW、Benz、BMWにも一歩もまけてなるものかと開発競争に打ち込んできました。追いつき、追い越せ、抜かれたら抜き返せでやってきましたが、一方では環境規制や試験法の議論ではエンジニア同士の交流もあり、まさに競争と協調、これが日本の自動車がグローバル開発競争の先頭を走れた源泉だったと思います。1980年代には、日産の過給エンジン路線に対しトヨタは気筒あたり4バルブのEFI路線で対抗し、われわれの可変動弁系VVT-i路線に対してはホンダがVTECで対抗するなど、エンジンのEFI・電子制御化でも、また性能・燃費競争でも競いあってきました。

本気に抜きにかかってきたのなら、当然トヨタのエンジニアも黙ってはいないはずです。次のプリウス、次のミッド系THSで低燃費はもちろん、クルマの商品魅力をどのように打ち出してきてくれるのかも楽しみです。

もちろん、エコだけ、走行性能だけが競争のポイントではありません。安全、安心、クルマの魅力と価格、この部分での競争にも期待したいと思います。