船橋洋一さんの『カウントダウン・メルトダウン』を読んで

3.11福島第一原発事故については、さまざまな事故調査活動が行われ膨大なレポートが発表されていますが、その中でいち早く民間サイドで調査委員会を立ち上げすばやいまとめを行った通称「民間事故調」でした。今回取り上げる『カウントダウン・メルトダウン』は、その調査を指揮されたジャーナリストの船橋洋一氏が、その取材活動によって収集した様々ニューストピックスを掘り下げ、関係者への取材からまとめられた上下二冊、結構なボリュームのハードカバー本です。

3.11福島第一原発事故調査はこの『民間事故調』以外に、『東電事故調』『政府事故調』『国会事故調』が行われ、それぞれからレポートが発行され、さらに新聞・テレビ・週刊誌などのマスメディアなどから、それこそこれでもかというほどの情報が流されています。私自身も、このブログでも何度かとりあげたように、自動車を含む日本のエネルギー戦略に凄まじいインパクトを与え、これからも与えることになるこの3.11福島第一原発事故の顛末とこれからに強い関心をもっています。この本は、その膨大なそれぞれの『事故調』レポートを含め、これまでの情報から、規模は違うもののシステムエンジニアとして腑に落ちない点を明らかにしてくれました。

日本の原子力神話が瞬く間に崩壊し、原子力発電安全指針の基本三原則、何重もの安全設計で“絶対”(安全工学、信頼性工学に”絶対”安全との言葉は存在しませんが)とされていた「止める」、「冷やす」、「閉じ込める」のうち、地震直後に止める(緊急スクラム)まではできたものの、地震と大津波による全電源喪失により「冷やす」ことができなくなり、燃料棒損傷、メルトダウンがおこり、水素発生、圧力容器損傷、水素爆発と「閉じ込める」こともできなくなりました。会見等で連発された「想定外」という言葉が流行語になるほど「ありえない」とされていた原子炉熱暴走に至り、原子炉災害としては最悪ランクのシビアアクシデントレベル7の災害に至りました。

直ちにスタディを開始した諸外国

事故当時の3月12日の15時過ぎ、1号炉建屋の水素爆発が発生したあと、13日頃には複数の情報ルートで米、仏など欧米諸国の大使館に本国政府筋から、同国人に向けて首都圏を含む東日本在住者、滞在者に緊急避難勧告が出されていたとのニュースが私の耳にも届いていました。幼年者には帰国か海外避難の勧告があり、香港への避難や、本国への帰国者もあったとの話も耳にしました。

アメリカとフランスでは11日の全電源喪失による「冷却装置注水不能」状態発生を受け、日本政府による原子力緊急事態宣言発表が行われた前後には既に、原子力規制省庁および軍に、この原発事故がどのような経過をたどり、最悪どこまでの影響を及ぼすかを想定し、自国への影響と自国民保護のために専門家を集めた緊急タスクフォース組織を立ち上げ、すぐさまスタディを始めていたとのことです。

大使館から発せられた避難勧告・避難指示はこのスタディをベースに行われたもののようで、他国の災害でも自国民への影響調査、避難勧告、対応政策検討と、このようなケースではある意味「あたりまえ」の危機管理体制がスタートし、機能していたように感じられました。

最悪ケーススタディは日本でもあって「当然」はずだが……

私がこれまで腑に落ちていなかった点は、欧米では3.11の大地震・大津波により福島第一原発が全電源喪失というシビアアクシデントが発生して、この事故がどのような結果をもたらすのか、すぐさま緊急タスクフォースチームが結成され、国としての危機管理体制が発令されていたのに対し、当事国である日本でもこのような緊急政策ディシジョン、危機回避作業アクションをバックアップする、タスクフォース活動がやられていないはずはなく、その活動が政府発表や一般メディア報道でそのような活動が全く伝わってこないという点でした。

「想定外」が流行語になったのは完全に皮肉で、原発神話の中で数千年に一度の巨大地震、それにより引き起こされる大津波を「想定外」として設計要件、安全審査用件から外してしまったことは今後ともその是非を問われるべきですが、一方でこのような大規模プラント・大規模システムにおいて、全電源喪失などの災害だけではなくヒューマンエラーよっても起こりうる故障モードについては、故障モード影響解析(Failure Mode Effect Analysis: FMEA)や、故障の木解析(Fail Tree Analysis: FTA)を繰り返し行い、その二次影響、三次影響を分析して、回避対策を検討していくことが「あたりまえ」の作業です。仮に、設計・建設・認可段階で想定していなくとも、故障ケースとしてもそれがやられていないことこそ常識として「想定外」です。

原子炉のような一品料理の大規模プラントでは、自動車なら当たり前となっている実車でのシビア故障モード試験等は行えませんが、プラントメーカーや電力会社、政府規制官庁、研究機関には、それぞれの原子炉タイプに応じたシュミレーションモデルが作られ、設計検討、故障時の挙動チェックとリカバー操作チェック、保守・保全要員育成用など様々な用途に使われているはずです。このベースとなるモデルもしっかり作られているはずで、今回のケースでも、この専門家のタスクフォースが結成され、最悪ケースまでの予測、もちろんそのどの前の段階で回避しうるか、その回避アクションの予測など、住民避難、自衛隊、警察、消防組織など緊急災害活動、さらに原発災害現場への、物的、人的支援と的確なアドバイスなどが期待されていたはずです。

私も、当然これが機能していると思っていました。

もちろん、米仏で行われた最悪ケースのモデル予測を適応して、首都圏を含めた東日本全体の避難まで必要があると公式に発表されたとしたら、人々がパニックを起こして二次的な災害を発生しかねません。当時の状況としては厳重な機密管理・情報統制が行われたいたのでは勘ぐっていました。しかしながらエンジニアリング的見地、科学的な見地からすると、こうしたスタディこそ、最悪ケースに至る前にどこまでで食止められるのか、それにはどのようなアクションが必要かを検討するためにも重要な作業です。

機能しなかったのは電源のサポートだけでなく、人的なサポートもだった

しかしこの本によると、内閣サイドで最悪スタディ検討依頼をしたのが3月14日、それ以前には本当の専門家による最悪ケース回避検討の客観的なスタディーチームは組織化されず、活動も行っていなかったようです。この事実からも、その後の管首相の福島第一視察、東電本社への怒鳴り込み、さまざまなイラ管振りの報道が腑に落ちました。お役所仕事・大企業病どころの騒ぎではありません。原発事故に対する、国としての危機管理体制、組織、そのリスクマネージが全く機能してなかったことの現れです。科学技術立国を標榜する日本で、このような国家的な危機の中で、リスクマネージをサポートする科学技術の専門チームがほとんど機能しなかったことが、あの混乱を招いたものと思います。

原子炉を含め、実用工業製品では当たり前の、最悪ケースのスタディと、それを想定した上での回避スタディすら、どこかの段階で思考停止に陥り、組織の壁で自発的研究も止められ、いたるところで機能不全に陥っていたことが、この本を読んで胸落ちさせられました。

きちっとしたスタディでなくとも1号機から3号機が連続してメルトダウンを起こし、多量の高濃度の放射能汚染物質を放出しまうケースは当初から想定され、政府にはアメリカ大使からアメリカの検討結果も伝わっていたようです。真偽のほどは今も判りませんが東電トップから出た福島第一からの全面撤退どころか、福島第二までも汚染され、冷温停止維持や冷却用電源強化とその本対策などの作業も行うことが出来なくなるケースまで、菅さんの耳には入っていたようです。菅さんの肩を持つわけではありませんが、この状態でパニックを起こしてしまい、そのような状況下で東電本社に乗り込んだアクションはこの本を読むと理解ができました。

原子力保安院も、専門家の先生方の集団である原子力安全委員会も、このような実際の危機では全く機能しませんでした。この最悪ケースをどのように食止めるか、その作業を行う原発現場、場合によっては自衛隊、消防といった緊急回避活動の検討を行うためにも、最悪ケースを知った上での回避検討スタディは必須だったはずです。

「想定外」を作ることのない信頼性を支える「人」を大切に

私自身は、何度もこのブログで述べたように、資源問題と地球温暖化問題、環境問題から自動車燃料を含め、全てのエネルギー源のパラダイムチェンジが迫られる中で、その大部分を今のサステーナブルエネルギーにシフトさせることは不可能で、この3.11を踏まえて安全対策に万全を期した上で、原発活用は必要ではないかと考えています。

さらに、この災害を引き起こした当時国たる日本の原子力関係者が3.11の教訓を踏まえ、これからの世界の原発開発、その安全保障に貢献していく責務があると思います。もちろん、作ってしまったからと言うわけではありませんが、その最終処理問題も大きな課題です。かりに脱源発を決めたとしてもその対策検討をやり続けなければいけない厳しい現実です。

シェール革命は、このエネルギー源のパラダイムチェンジに対しちょっとした朗報です。日本近海のメタンハイドレードもその実用資源化に明るさがでてきています。しかし、シェールガス、メタンハイドレードも燃やすと、石炭や石油に比べ少ないものの、やはりCO2を出す化石燃料です。また、これら資源そのものの体積当たりの温暖化効果はCO2よりも遙かに大きく、採掘や輸送過程での大気放出も防ぐ必要があります。短中期的には、石炭、石油から天然ガスへシフトさせ、その上で安全でグリーンな原発開発とその後処理技術開発を進めるべきと思います。

この動きの中で、「喉元過ぎれば熱さを忘れる」の日本人の悪い癖を起こし、また昔の安全神話に戻る恐れすらある、科学技術の世界では不可能とされる「絶対安全」を要求し、それに対してお役人特有の一般人には理解しがたい文章表現で書かれた「絶対安全」の責任回避作文がまかり通る世界には戻してはなりません。

本当の意味での、専門家集団がサポートする国家リスクマネージ体制を作り上げるには、危機時にこそリーダーシップを発揮できる、政治家、お役人、経営者が欠かせないことが、今回のケースでも良くわかったと思います。それぞれ、少しはその選別も出来たのではないでしょうか?このような災害・事故によって、それぞれの分野で、リーダーシップを発揮する人材があったことが示されていましたが、これこそ未来に向けた一縷の希望のような気がします。

以前、信頼性工学の専門家トヨタOB執筆の『想定外を想定する未然防止手法GD3』を紹介しました。また私自身も、「想定外」などという言葉はそれを口にした人間の能力のなさを示すと考えて自動車開発をやってきたつもりです。「不意打ちを喰らわない」ためにも、最悪ケースまで「想定に想定を重ねて」考え抜き、やり残しを探し抜き、生産開始の最後の最後どころか、生産後のマーケットでの不具合ふくめ「想定外」を起こしてしまうのは担当エンジニアの恥と思ってやってきました。

今日とりあげた原発事故だけではありませんが、ボーイング787電池、ここにきての三菱アウトランダーPHV電池の溶損など、まだ真因とその対策効果が示されていませんが、これも決して「想定外」では無かったと信じています。日本のもの作りの原点は、「想定外を想定する」信頼性品質の高さにあること、またそれを支えるのはそういった想定を行う「人」であることを強調しておきたいと思います。