中国の大気汚染と次世代自動車

2月 07 2013

このところ経済成長に伴った中国の大気汚染が年々深刻になっているとの話題が、新聞を賑わせています。中国では未だに石炭火力発電が主力で、暖房にも石炭を使用している状態であることに加え、近年の経済成長に沿った急激な自動車の増加が追い打ちをかけ、呼吸器系疾患を引き起こすとされている浮遊粉塵、その中でも影響が大きいとされている粒子径が2.5ミクロン以下と極めて小さいPM2.5のレベルが国際保険機構WHOの定めた基準の30倍以上と健康影響が心配される極めて深刻なレベルです。

北京の米国大使館が大気環境を毎日計測した結果、その数字が”Crazy Bad”と公表し、このレベルを「軽度な汚染」と発表していた中国政府から抗議を受けましたが、欧米や日本経験した過去の大気汚染レベルをさらに上回る数値が”Crazy Bad”であることは明かです。数年前から、この大気汚染物質が偏西風にのり、日本に流れ込み、九州北部、山陰・北陸地方のPM2.5レベルを悪化させる要因となり、今日の新聞によるとその影響が首都圏にまで及ぶようです。

現在の中国大気汚染に対しての自動車よりの影響は

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図はアメリカ連邦宇宙局NASAのサイトにある宇宙衛星から観測したPM2.5 の観測データで、2001年~2006年の平均を取ってマッピングしたものです。
http://www.nasa.gov/topics/earth/features/health-sapping.html

PM2.5とは先ほども書いたとおり2.5ミクロン以下の浮遊粉塵を表すもので、そのサイズの様々な物質をまとめて表しているものです。そこには砂漠の砂や火山灰など自然発生の因子や、発電所や暖房の排気ガス、工場で使う熱源などの排気ガス、自動車の排気ガスなど人為的な要因で発生するものの区別が無いものですが、特に中国の北京、天津を中心とする北東部のこの時点でも50μgを遙かにこえるPM2.5 は状況から明らかに人為的なもので、上の図が示している時点からさらに悪化してきているのが今の状況です。

この内で自動車排ガスの寄与率は約30%とされ、その大部分がディーゼル車の排気ガスから発生する硫酸ミスト、燃焼カーボン微粒子や窒素酸化物から生成される微粒子とされています。

現在の中国の状態は、過去に欧米、日本が経験した大気汚染のレベルを超えるシビアなレベルですが、過去にも1952年の冬にロンドンで発生した硫酸ミスト(エアロゾル)スモッグにより、これが原因で呼吸器疾患、心臓疾患で亡くなったかたがこの冬だけで12000人に達したと言われています。この硫酸ミストの主因は、石炭火力や石炭暖房とされました。このような問題をきっかけに石炭火力排気の脱硫が進み、さら石炭暖房から都市ガス、電気、灯油暖房などへのシフトにより改善していきました。

このロンドンスモッグ以外でも、アメリカ西海岸ロスを筆頭に、サンディエゴ、リバーサイドなど都市部の大気汚染による光化学スモッグが由々しい状況となり、自動車の厳しい排気ガス規制が制定されたのが1960年代末から1970年代にかけてのことです。日本でもモータリゼーションが進み始めた1970年代から問題となり、米国なみの排気規制が導入されました。

ディーゼルの規制は先進国でも甘いまま、ましてや

しかし、この厳しい排気規制が導入されたのは米国、日本、欧州ともガソリン車のみで、ディーゼル車のクリーン化が技術的にも難しいこと、また米国では圧倒的にガソリン車が多くさらに西海岸の光化学スモッグの主因がガソリン燃焼成分ということもありディーゼル車の排気規制はガソリン車よりも緩いレベルとなりました。これはダブルスタンダードの謗りを免れないもので、経済成長優先、産業保護の配慮が働いたことは間違いないと思います。

この後、クリーンディーゼルと呼ばれるシステムが開発され、元々ディーゼルに親しんでいた欧州ではこうしたシステムの登場によって今でも乗用車の多くがディーゼルとなっています。

クリーンディーゼルといっても、排出されてしまったカーボン微粒子をトラップしある程度堪った状態で燃やしてしまうパティキュレートフィルターや、トラップしたカーボン粒子や燃料の燃え残り成分と窒素酸化物を触媒反応で低減する触媒方式などの技術があります。ただしこうした自動車技術側だけで、成立するものではありません。

というのも軽油中に硫黄成分が多いと、これらのシステムを劣化させてしまうからです。このため、硫黄成分を少なくする低サルファー燃料をセットで導入することが必要で、1990年代に入りディーゼル用軽油の低サルファー化が進められ、ガソリン車のように排ガス中のカーボン微粒子や燃料燃え残り成分、窒素酸化物を浄化する後処理デバイスが使えるようになって今のクリーンディーゼル車と言えるレベルとなりました。(しかし、それでもまだガソリン車のクリーン度よりは緩いダブルスタンダートとなっており、先ほど述べたとおり産業優先の名残は感じますので、私自身はれを『“クリーン”ディーゼル車』と表現することにはいささか抵抗を感じています)

中国は軽油の中の硫黄成分については、未だ高い水準となっています。ですので、例えば日本や欧州アメリカで販売されているクリーンディーゼル車を中国に持ち込んだとしても、そのクリーン化システムは十全に機能を果たすことは出来ません。

中国政府の環境・エネルギー政策スタッフ、自動車関連学会、大学、研究機関の研究者と欧米、日本の自動車メーカーや環境当局、学会との交流も進められていましたので、早めに手を打たなければ我々の二の舞どころか、それ以上の深刻な大気汚染を招くことはよく判っていたと思います。それだけに、結局手を打てず、この状態に至ったことは、自動車のクリーン化に取り組み、環境規制、環境技術、クリーン技術について様々な交流の場にも参画した自動車エンジニアとして大変残念でなりません。

ディーゼル用燃料の低サルファー化をリードしたのは日本で、われわれ日本メーカーのエンジニアが、欧米自動車メーカーのエンジニアに共同活動を働き掛け、石油メジャーや環境当局に必要性を訴え、理解を求めて今があります。こういったメンバーが発展途上国政府の環境・エネルギー当局にも環境対策とセットでの燃料規制の必要性、燃料の低サルファー化の働きかけを続けていました。

私自身はガソリン車のクリーンエンジン担当でしたが、ガソリンの排気規制強化に対応し、ガソリンの低サルファー化が必要と欧米自動車エンジニアに働き掛ける活動をやっており、ディーゼル燃料の低サルファー化の重要性も当時から自動車エンジニアにとって重要な話題でした。

日本は環境対策技術で世界をリードしよう

北京の環境当局トップがトヨタの開発施設を視察に対応したこともありますが、その時も、自動車排気ガス規制強化とセットで燃料の低サルファー化を進めることを強く主張しましたが、それは自分たちの担当外で余計なことは言うなと「むっとされた」印象を受けたことを思い出します。

とはいえ、中国もこの必要性は充分に判っていたと思います。後の祭りに近いですが、遅ればせながら低サルファー燃料の導入と、排ガス規制強化は決めたようです。今の政治情勢では、日本の協力はあまり歓迎されないようですが、他の発展途上国が先進国とさらに中国のような大気汚染被害の三の舞にならないように、クリーン自動車技術&低サルファー燃料の導入、石炭発電のクリーン技術導入、さまざまなクリーン技術の技術移転、その支援を行っていくのが、日本の責務であり、これからの生きる道だと思います。

地球温暖化緩和のための、自動車の低カーボン化、自動車の低燃費化は、グローバルな問題で、今回の中国大気汚染のように、発生量の多い国や地域に被害が集中するわけではありませんので、より進め方が難しくなります。この中国の都市大気環境汚染の手遅れ状態の悪化を見ていると、直接の被害の実感がなかなかわかない地球温暖化対策の難しさを痛感します。しかし、手を拱いていてはこれまた手遅れになる一方です。

自動車の排気クリーン化と低CO2の切り札、ハイブリッド車が日、米、欧と普及期に入ってきました。このハイブリッド技術を次ぎのステップとして、発展途上国に展開していくことも重要です。このためにも、ハイブリッド技術の低コスト化とその現地化が急務です。これがやれるのも日本、次世代自動車の途上国普及、その支援を日本勢が是非リードして欲しいものです。

温暖化ガス排出でも中国がダントツ世界NO1で、最大の排出源石炭使用量でも群を抜いたトップ、これが大気汚染の元凶でもあり最大の温室ガス排出源です。また、自動車保有台数こそまだ1億台と、人口当たりの台数ではモータリゼーションはこれから、しかし昨年の新車販売台数は1930万台とこれまた世界ダントツの自動車マーケットです。

中国の大気環境改善だけではなく、人類全体の温暖化緩和のためにもこの中国を無視はできません。次世代クリーン&低燃費自動車の中国現地化とその普及に取り組んでいる民間ベースの活動にまで影響を及ぼすようにならないよう、中国中央政府の自制に期待します。