ボーイング787リチウムイオン電池発火事故について

ボーイングの新型機787のリチウムイオン電池発火事故が、連日大きな話題となっています。バッテリ電気自動車(BEV)やプラグインハイブリッド車(PHEV)はもちろん、新しく販売されるノーマルハイブリッド車にもリチウムイオン電池を搭載する車が増えており、この電池からの出火は自動車屋としても人ごとでは済ますことができない事象です。

ANAのケースは飛行中の発火ですので、一歩間違えば大災害に繋がりかねないシビアインシデントに位置づけられ、これを受けて米連邦航空局(FAA)は同型機の運行停止命令をだし、この判断を日本をはじめ他の国も追従し、原因がはっきりし対策が施されるまでは世界中で飛行停止措置がとられました。このバッテリ発火の原因調査は、米国運輸安全委員会(NTSB)、日本航空安全委員会が連携をとりながら進めていますが、日本の発火事故では電池が完全に炭化状態になっており、真因を突き止め抜本対策を行うまでにはかなりの時間を要しそうです。

飛行輸送が厳しく制限されているリチウムイオン電池

航空機への搭載以外にも、リチウムイオン電池の航空機による輸送については、2010年9月のUPS貨物機がドバイ空港付近で墜落した事故や2011年7月にアシアナ航空のジャンボ貨物機が済州島沖で墜落した事故のいずれもが大量のリチウムイオン電池を積載しており、墜落原因がこうした貨物としてのリチウムイオン電池からの出火による可能性が高いとされています。この事故を受けて、リチウムイオン電池の航空機での輸送については、国連の専門機関、国際民間航空機関(UN-ICAO)が発行する爆発物等の輸送基準に関する技術指針を改訂し、今年の1月1日に国際航空運送協会(IATA)が厳しい新基準を出した矢先の出火事故になります。この規則では、電池セル、組電池、組み込み機器毎にきめ細かく輸送単位、パッキングの仕方、輸送申請などが規定されています。

今回のケースは、787機体装備機器の出火ですから、このIATAの危険物航空輸送規定に係わる話ではありませんが、新しく航空機用として採用するにあたり、自動車とは比べものにならない位の安全設計とそのチェック、監査が行われ、認定、運行許可にも何重もの安全レビュー、チェック、審査をすり抜けての発火事故がなぜおきたのか、そしてそれを何故防げなかったのかが非常に気になっています。

ニッケル水素時代でも電池は怖かった

次世代自動車のコアは自動車の電動化で、その方向性を軽量コンパクト、かつ大きなパワーを発生し、大きなエネルギーを貯蔵できる電池の進化がその実用化を支えています。初代プリウスで採用し、現在もノーマルハイブリッド車の主力であるニッケル水素電池は、セルあたりの電圧が1.2Vと一般的なリチウムイオン電池3.6Vと約三分の一、セル当たりの蓄積できるエネルギー量も少ないので、内部ショートや過充電による発火不具合には強いと言われています。

それでも内部ショート、過充電でのセルの膨れ、無理矢理充電を続けると起こる水素を発生や発煙に至る不具合モードはありますので、この安全対策と保護制御の設計とその確認には念には念を入れて取り組みました。ハイブリッド担当を指名され、最初と2回目の立て続けで出張した先は、電池製造予定の工場と電池開発の研究所でした。自分から電池担当スタッフにアレンジしてもらった出張でした。

私自身は電池の素人ながら、量産初のハイブリッド車に搭載する、それも初物の電池をどのように使いこなし、どのように安全品質、寿命品質を確保しくか、車両システムリーダーとしても電池が開発の成否を握るプライオリティの高い構成部品と考えており、その製造と開発の現場をこの目で確かめ、電池開発のスタッフと話を聞きたかったのが理由です。

リチウムイオン電池は、出力密度もエネルギー密度もニッケル・水素電池の比ではありません。ノーマルハイブリッド用ならまだしも、搭載する電池のエネルギー量はプラグインハイブリッド車でノーマルハイブリッド車用の3倍~5倍、バッテリ電気自動車では20倍~50倍にもなります。

原則論としては、搭載エネルギー量が増えれば、また電池セル当たりのエネルギー量が増えれば、発火不具合の程度は大きくなると言われています。プラグインハイブリッド車、バッテリ電気自動車でも、このリチウムイオン電池の安全確保、発火防止には何重もの安全設計、安全対策を行ったうえ量産に踏み切っていることは間違いありませんが、自動車以上に厳しい安全指針、チェック、監査を行ったはずの飛行機でですら起こしてしまった発火事故です。自動車でも、発火事故が起これば、折角スタートを切った自動車の電動化、とくにプラグイン自動車の普及に暗雲が垂れ込めます。

開発屋として開き直る訳ではありませんが、飛行機であれ、自動車であれ、新技術を導入するケースでは、初期不具合発生はよくあることではあります。初代プリウスのハイブリッドでもいくつかの初期不具合を発生させお客様にご迷惑をお掛けしました。しかし、自動車では車両火災、暴走、さらに高電圧を使う量産電動自動車として感電、この三つの重大不具合防止を、開発プロジェクトの最重点マネージメント項目として取り組み、これはやり遂げることができたと今も自負しています。もちろん、その安全設計、確認作業にギリギリまで現地、現物、現車で取り組んだスタッフ達の知恵と、さらに汗と涙の結実でした。

作り手の顔の見えないものづくりの怖さ

さて、日本の自動車開発の特徴はすり合わせ型、その典型がハイブリッドと言われました。ただその後、このすり合わせ方式では時代遅れ、もっとモジュール化を進めるべきという意見が多く出ました。また、自前主義、系列化は時代遅れと言われ、さらに不況の影響もありますが技術開発までアウトソーシング化の波が押し寄せています。

私はこの流れに危惧を抱いており、新聞報道だけからの印象ですが、今回の787事故のマネージ的な要因として、モジュール化、開発のアウトソーシング化、開発の丸投げなど、行き過ぎが背景にあるように感じました。新聞報道によると、電池本体、電池制御、電池パック、電池システム、APUと呼ぶ外部電力供給システムと関連部分だけでも様々な国の様々な企業がこの電力供給システムの開発と製造を担当しています。

ボーイングのプロジェクトマネージャー、チーフエンジニアの存在が希薄です。この状況でも誰が統括責任だったか浮かびあがってきません。もちろん、ボーイングのプロジェクトマネージョー、チーフエンジニアが電池の構造、化学組成、その制御、不具合モードの一つ一つまで情報共有をしてディシジョンしていけるとは思いません。しかし、新規採用システムや部品で、シビアインシデント/アクシデントに繋がりかねないものは、その不具合防止の鍵を握る部分がどこで、どの会社の誰がキーマンかは掴んでマネージメントする必要があると思います。あれだけの大規模、新技術テンコ盛りの開発でもプロジェクトマネージメントの抑えどころはあるはず、当初のボーイングのコメントにもその深刻さ、当事者意識を感じなかったのは私だけでしょうか?

自動車も行き過ぎのモジュール化、アウトソーシング化で、部分的にせよ車両/システム機能に影響を及ぼす部分を丸投げにしてしまっては、技術力低下、品質低下を招いてしまいます。まだ自動車は、飛行機ほどの大規模システムではありません。車両全体機能に目配りする車両チーフエンジニアをコアとして開発プロジェクトマネージはやっていけるはずです。

日本のもの作りは、個々の加工技術の職人芸に注目があつまっていますが、これだけではなく、トヨタの車両主査制度に代表される、車両という商品作りにベクトルを合わせ、多くの構成機能開発部隊から部品会社、それを組立てる車両工場、さらには販売、サービスまで、プロジェクトスルーでマネージするチームプレーのプロジェクトマネージ組織とその人材群が大きな特徴だと思っています。

最近もトヨタ車のリコール報道がありました。トヨタ車だけではなく、日本車のリコールが多発しています。車両開発のプロジェクトマネージメント力低下、開発の丸投げ、過度なアウトソーシング化による技術力低下が要因ではと心配しています。787電池発火事故を他山の石として、この心配が杞憂に終わり、人材力と人材ネットワークを基本とするすり合わせ型を進化させた日本ならではのベクトルを合わせたチームプレーによるプロジェクトマネージ方式を作り上げ、次世代自動車でのリードを拡げて欲しいものです。