アメリカの電池ベンチャーA123 Systems社の倒産

アメリカ・オバマ大統領の目玉政策であるグリーンニューディール政策のなかでアメリカの次世代自動車電動化を支える期待の星、200億円以上もの政府資金を投入したリチウムイオン電池技術ベンチャー企業A123 Systems社(以下A123と記述)倒産の記事が世界中を駆け巡っています。

10月16日(火)にこのA123が資金繰りの悪化からアメリカでの企業倒産の法的手続きであるチャプター11の申請手続きを行いました。A123の経営悪化は今年の春からささやかれていましたが、このきっかけも電気自動車やプラグイン自動車用として大口ユーザーが決まらないままグリーンニューディール政府投融資をあてにリチウムイオン電池工場の拡大を行い、さらにこれも経営悪化がささやかれているプラグインハイブリッド車開発生産のベンチャー企業フィスカー社の市販プラグインスポーツ車に電池を納入し、その電池パックがリコール問題を起こしてしまったことがこの倒産の引き金になってしまいました。

一時はGMのプラグインハイブリッド車 Chevolet Voltへの採用、クライスラーの電気自動車用電池への採用などが話題にあがっていましたが、この話もいつとはなしに消え、以前から生産していた電動工具用電池の生産だけではカバーできず、運転資金ショートに至ったとのことです。

また、このニュースと同じ16日夜に、オバマ対ロムニー候補の第2回候補者討論会が開催されましたが、ここでもオバマ大統領のニューディール政策失敗をつく格好の攻撃材料としてロムニー候補がとりあげられています。一時は中国企業がA123 を救済買収するとの話が具体化していましたが、これも政府資金を投入したアメリカ企業がそのコア技術ごと買収され海外に流出すると攻撃され、ほぼ決まっていた中国企業からの基金援助が滞り、結局チャプター11の申請になってしまったようです。

リチウムイオン電池事業は、補機用鉛電池ほか自動車用電装部品大手でリチウムイオン電池生産も行っているアメリカJohnson Control社が 買収し運転資金融資も決まったようですので、大統領選の影響も大きかったとの推測もあながち間違ってはいないようです。

ダーウィンの海で座礁したA123

A123社の創業は2001年、マサチューセッツ工科大学(MIT )電気化学分野の教授、Dr. Yet-Ming Chiangが中心となり、彼が研究していたナノカーボン技術のリチウムイオン電池応用の事業化として設立したテクノベンチャーです。高い熱安定性と長寿命を売りとして、まず電動工具用電池として小規模な商品化を行っていました。

このころから私は将来自動車用電池として熱安全性にと寿命特性に優れたこのA123の電池に注目していました。ナノカーボン技術の応用では先を行っていましたが、独占的な知財権をもつには至らなかったようで、早すぎた量産投資が裏目にでたようです。

図1

図 持続可能なモビリティへの道のり(Pathway to the sustainable mobility)
2011年11月 IEA IA-HEV プラグイン自動車と将来エネルギー 技術フォーラム
デンマーク

図は3年ほど前にデンマークで開かれた将来自動車関連のフォーラムで、私が行った講演資料の一部です。イノベーション技術、新技術の実用化、量産化までの道のりと、そのハードルについて触れたものです。画期的なシーズ技術と思われても、そのシーズの応用技術が開発され、その生産技術開発、用途開発が進められ、実用化への様々な技術ハードルを乗り越える見通しが付けられたうえで、投資に見合った経済効果が得られるか、そのマーケットが拡大していくのか最後の最後まで厳しいハードルが待ち受けていることを示そうとしたグラフで、研究者、その企業家への戒めしてよく使われている表現を私なりにまとめてみたものです。

技術開発で言われる悪魔の川(The Devil River)、死の谷(The Valley of Death)を乗り越え、さらに企業、その研究開発者の期待の新技術、新商品の未熟さ、不十分さを栄養に飲み込んでしまう(淘汰)化け物がはびこるダーウィンの海(The Darwinian Sea)を泳ぎ渡りついて初めてマーケットに受け入れられる商品となるとの例えです。この時のデンマークでのフォーラムでは、この図を使って、電気自動車やプラグインハイブリッド自動車、さらに水素燃料電池自動車の将来について話をしました。

この時は、水素燃料電池用セルや水素貯蔵デバイスは死の谷を越える前、電気自動車やプラグイン自動車用の電池、さらに充電インフラ整備はダーウンの海を泳ぎ切る前の状態と説明した記憶があります。A123もこのダーウィンの海を泳ぎ切るまえに飲み込まれてしまったと言うことができるでしょう。

ハイブリッドもまだ油断はできない

この講演から3年経ち、さまざまな電気自動車、プラグイン自動車が量産発売した今も、この時、普及への楽観的見方に警告を発したこの状態から電気自動車もプラグインハイブリッドも大きく進化していないのではないかとの危機感を強めています。熱安全性、寿命、さらにユーザー補助金なしに買っていただける販価がつけられるコストなど、まだまだ見通しも付いていない状況に思います。また、グローバルなエネルギー保全、環境保全に貢献する普及度の点からは、ノーマルハイブリッドすらまだこのダーウィンの海を渡り切ってきないのではと考え込んでしまいます。

そんな今週、ホンダがハイブリッド車累計販売台数100万台達成を発表し、また、日産が1モータ、2クラッチ方式の新型ハイブリッド車を2013年から本格導入すると発表しました。ホンダの新型CRZでも、この日産新型ハイブリッドでも電池はリチウムイオン電池採用と報道されています。この新型電池が、安全品質確保は当然として、グローバルな電池にとってもシビアな走行環境の中で、交換なしでもクルマの一生を十分乗り越えられる品質レベルに到達しているであろうことを期待しています。

なんどか、このブログで書いた、エコだけではないファンツードライブなどクルマ本来の魅力アップにも、またよく欧州勢の受け売りとして云われるCVTフィーリングからの脱却にも、また欧州車に多くなった多段ミッション過給ダウンサイジング車を都市内で走らせると感ずるビジー感、ギクシャク感、もたつき感の改善にも電池性能向上は大いに役に立つはずです。