プリウス開発秘話 15年前の9月

9月 27 2012

トヨタの技術発表を内山田竹志副会長がされました

今月の24日(月)トヨタ自動車は東京・お台場にある「MEGA WEB」で2012年環境技術説明会を開催し、ハイブリッド車の拡大を軸としたこれからの次世代自動車への取り組みについて発表しました。メインプレゼンテーターは、現取締役副会長の内山田さん、初代プリウスの車両チーフエンジニア(車両主査)でした。(本文中のリンクをクリックすると、トヨタ自動車の公表資料のPDFが開きます。)

この報せを聞き、15年前1997年のこの9月、10月の新車発表を目前にしてもまだまだ未熟な状態のハイブリッドでしたが、内山田さんがハイブリッド開発担当の私には心配なそぶりも見せず深夜まで最後の仕上げに取り組んでいた若いスタッフ達の激励に回ってくれたことを今も思い出します。

今年の環境技術発表会によると、初代プリウス発売以来のトヨタ/レクサスハイブリッド車の累積販売台数は8月末までに440万台を達成したとのことです。400万台達成が今年の4月末ですので、ほぼ10万台/月のペースで販売を伸ばしていることになり、今年はいよいよハイブリッド車年間販売台数100万台越えが確実な状況、15年にして石油消費の削減、自動車の低カーボン化に貢献する次世代自動車に育ってきたことに深い感慨を覚えています。

リーマンショックと、その後のトヨタ車の品質問題、さらにプリウスの電子制御ブレーキリコール問題であらぬ疑いを受けたハイブリッド車の電子制御系の誤動作問題で次世代車としての拡大に水が掛けられ、アメリカでの販売台数が減少してしまったハイブリッド車ですが、電子制御系の誤作動問題も濡れ衣が晴れ、今年は4年振りにアメリカでのハイブリッド車販売新記録を達成することが確実となってきました。

またFord Fusion ハイブリッド、ホンダ アコードハイブリッド、日産アルティマハイブリッドとライバルも現れ、某経済誌の「日本のハイブリッド車はガラカーか?」の?に対し、今年こそ、それを否定する答えがでると今から喜んでいます。

とは言え、まだ440万台、他社のハイブリッド車を含めてもまだ世界の自動車保有台数比率からは1%にも満たない台数、省石油、低カーボンに着実に貢献していくのはこれから、日本勢がこれからもトップを譲らず、次世代自動車への転換をリードしていくことを期待します。

初めてづくしのハイブリッド開発

今年で初代プリウス発売から15年、今日のブログはちょうど15年前、10月の東京モーターショーを前にした10月12日、東京での新車発表会、さらに12月の京都COP3のタイミングで販売を開始するという、極めて戦略的な超短期開発のエンディングを迎えようとしていた9月の出来事をいくつか紹介してみたいと思います。

新型車を開発し、それを販売していくには、日本の場合、認可官庁である国土交通省に届出を行い、法令にそった保安基準、環境基準などの審査を受け、環境性能、燃費性能については認定試験を受験し、その届出諸元で全ての基準をクリアしたうえで認可をいただく必要があります。この認可が下りて始めてナンバー登録が可能となり、新車発表イベント、そして販売店での新車販売開始にこぎ着けることができます。

環境性能、燃費性能の認定試験も、認定目標燃費10-15モード基準で28km/Lが達成できるかどうかにヒヤヒヤしながらも、なんとかクリアしたのが8月連休明け、その結果と審査結果のレビューを受け、当時の国交省認可担当責任者から、「普通乗用車として申請に対し認可を与えたのに、オール電子制御のハイブリッド車ならプログラムを変更し、スポーツカーにだまって変更することもできるのでは?そうできないことをしっかり説明をするように」と求められ、目を白黒させたのもこの時期のエピソードです。

そんなこともありながら、9月中旬に正式認可をいただき、10月の発表会に向けた準備を始め、また早速取得した白ナンバー車を使って、なにせ発表会前のこと、暗くなってからこっそりと技術部からクルマを持ち出し、愛知県の三河山間部を走り回ったことも今となっては懐かしい思い出です。

最後の最後まで修正・確認が続けられた

この認可のための認定試験までは、技術部の試作部門が作った試作車を使い、またハイブリッド部品もまだ小規模な試作ラインの試作品が使われています。国土交通省での届出、認可のプロセスと並行して、このフェーズの試作車で開発品質、設計品質の確認、届出項目とその申請内容に変更がないかのチェックを行い、不具合項目の修正のための設計変更を行い、いよいよ技術部隊から量産工場の生産部隊へと業務マネージも移管していきます。

この生産部隊への移管後スタートするのが、量産ラインでの生産トライ、トヨタ用語でいう号口試作(量産ライン試作)、通称号試です。実際の量産ラインでクルマの組み立て、生産ラインの調整、生産作業の習熟、その段階での不具合のチェックと対策の設計変更が量産開始までの期間、突貫工事として調整、改良作業が続けられます。

もちろん、届出内容、その性能値からずれるようなことがあると、再度の届出と認可の取り直しすら必要となります。幸いにも、再認可が必要な大きな変更が必要な開発の見落とし、不具合発生はありませんでしたが、それを想定した監査、コンプライアンスチェックもこの段階の重要な開発マネージ、経営マネージ項目です。

様々なハイブリッド用新規部品も、この号試段階でそれまでの小規模な試作ラインで作ったものから、量産ラインでの生産品に切り替わり、そこでも生産ライン整備、調整が進められていきます。

通常の新型車ならば、ボデーの合わせ面の調整、ドアの隙間調整、あるていど現物調整が必要なハーネス類の調整、組み付け作業性からの変更などが主ですが、なにせ超短期で開発した初物部品、システムがてんこ盛りのハイブリッド車ですので、最終量産部品が揃うのがこの段階です。

ハイブリッド電池などは、最終スペックの試作品ができあがったのが7月、電池チームがそれを試作車に乗せクルマの状態で電池制御適合を行い夏休み返上で量産プログラムを仕上げこの号試車両にやっと間に合ったといった状況でした。

通常のエンジン車ならば、エンジンやトランスミッション制御系の適合はこの段階では最終確認の小修正程度ですが、電池だけではなく、エンジン、トランスミッション、モーター、発電機、パワーコントロールユニットも量産生産ラインで作られてもので特性チェックが行われ、制御適合が行われたものが集められたのはこの号試段階になってしまいましたので、小修正程度では済まず、そこからが本格的に最終適合になだれ込むことになってしまいました。

その適合確認のピークが、がまさにこの9月から生産開始までの2ヶ月半でした。昼はテストコースで、夜は三河山間部のさまざまな道路で、技術部の評価部隊、システム適合部隊、また生産部隊に量産移行を済ませていますから生産工場の検査、品質保証の監査チームも加わって最終段階での絨毯爆撃のような不具合チェックを行い、連日連夜その指摘された不具合対策、その適合確認作業が続く毎日でした。

昼に指摘されたチェック項目、不具合項目は昼の内に、夜の車外走行で指摘されたチェック項目、不具合項目は次ぎの日の朝には設計部隊、適合部隊、生産部隊展開され、その日の内に技術開発、設計、生産現場ベースでの方向付けが行われ次のアクションが次々と行われていました。

すべての現場が努力したからこそ量産ハイブリッドは生まれた

このブログでもなんどか「現地、現物、現車、現場」重視のクルマ作り・もの作りの重要性に触れてきましたが、この現場はなにも「開発現場」「生産現場」だけを差しているわけではありません。

販売店の営業現場、サービス現場、発表イベントや発売イベント、さらにはその年のCar of the Year獲得をめざす広報・宣伝スタッの現場、そのさまざまな現場作業の進行を見守りコンプライアンスチェック、現場マネージの日々のディシジョンに承認を与える開発、生産部隊の役員を含めたマネージメント現場、それらを総括するトップ役員を含む経営現場までの全ての現場の意味で使っています。

この15年前の9月もこの全ての現場が機能し、今の決められない政治ならぬ、すべての現場で『決めきる現場ディシジョン』が進行していました。日本スタイルのすり合わせ型の開発は時代遅れで、大規模なハイブリッドシステムはその最たる例との、メディア、評論家、アナリストの声が最近聞こえてきますが、損得、金勘定を超えた高い目標へのチャレンジに向かった様々な現場でのすり合わせと修羅場での迅速なディシジョンメーキング、その上での迅速な経営ディシジョンこそ、これからも日本人ならではのすり合わせ型マネージの特徴と今も思っています。

もちろん、日本企業も、経営の決断が遅い、決めきれない、現場の声を吸い上げられない、裸の王様といった大企業病の蔓延がトヨタもその例外ではなくあることが現実ですが、15年前の9月にその当事者として体験した、非常時の火事場の馬鹿力ならぬ、修羅場の現場「力(ジカラ)」が今の440万台へのスタートであったと今振り返って確信を深めています。

しかし、今の地球の状態、日本の状態を見ても、初代プリウス発売から15年、累計販売台数440万突破の感慨に耽っている暇はなさそうです。来年初めには500万は間違いありませんが、当分は年100万台販売維持などの低い志ではエネルギー問題、地球環境問題への取り組みからすると不十分です。トヨタの資料にある通り、環境対応自動車は『普及してこそ環境に貢献』できるのです。もちろんトヨタだけではありませんが、これからもこの日本の現場力を発展させることによって世界に貢献し、リードし日本復興、復活の牽引役になってくれることを期待しています。

日本の政治現場だけが、この現場力の蚊帳の外に置かれている日本人として情けない現状を、これこそ何が何でも早急に打破し、エネルギー、環境技術立国として世界に貢献できる日本への変革を急いで欲しいものです。