プリウスの電池寿命とプラグイン自動車用電池

アメリカ国立研究所の自動車環境負荷レポートより

次世代自動車の鍵は電池であり、そのコストと寿命の行方が、これからの次世代自動車普及を支配するということには論を待たないでしょう。今日のブログは、アメリカの連邦エネルギー省(DOE)傘下にある国立研究所の一つで、シカゴ近郊にあるアルゴンヌ国立研究所(Argonne National Laboratory: ANL)のレポートに初代プリウスの電池寿命調査について取り上げたレポートを見つけましたので、それを紹介したいと思います。
http://greet.es.anl.gov/publication-update-veh-specs

このANLは、以前から次世代自動車の環境アセスメント用として様々なデーターベース整備と、シュミレーションモデル研究を行っています。その一つとして、GREET(Greenhouse Gases, Regulated Emissions, and Energy use in Transportation)modelがあります。このブログでも何度か取り上げている、燃料採掘(Well:井戸)から給油スタンドで給油し実際にクルマの走行(Wheel:車輪)まで、Well to Wheelでの温暖化ガス、環境規制対象の排気ガス、エネルギー使用や、材料発掘から部品製造、クルマの製造、輸送、使用過程、廃車までクルマ一生での環境負荷アセスメント(Life Cycle Assessment)用に使うモデルとそのデーターベースの研究として、電池寿命にも注目して改良が進められています。

余談ですが、オバマ政権の目玉政策として、この次世代自動車を含む将来エネルギー・環境分野を対象に「グリーンニューディール政策」が取り上げられ、その研究開発、テクノベンチャー企業への投融資などに巨額の政府資金が投入されており、この研究もそうした予算によって行われています。最近、この政府資金が投入されたベンチャー企業が次々と経営破綻を起こし、大統領選での共和党からの格好の攻撃材料になっていますが、このテーマのような研究開発分野にも政府資金が投入されています。

このような潤沢な政府資金により、プリウスやインサイトなど、何十台も購入し、膨大な距離の耐久走行試験、徹底的な分解調査や主要部品については民間企業では二の足を踏むよう単体性能評価試験まで行い、THS・ホンダIMAやそのシステム、部品技術を丸裸にしています。

AVTA (Advanced Vehicle Testing Activity) Idaho National Laboratory (INL)
http://www1.eere.energy.gov/vehiclesandfuels/avta/
EVALUATION OF THE 2010 TOYOTA PRIUS HYBRID SYNERGY DRIVE SYSTEM
Oak Ridge National Laboratory (ORNL)
http://info.ornl.gov/sites/publications/files/Pub26762.pdf

これらの研究資金は国立研究所など公的研究機関の他、大学にも投入され、研究者、技術者の育成にも使われていることは見習うべきかもしれません。

車両の寿命まで持つと認められた初代プリウスの電池

さて、このANLのレポートの話に戻ります。WTWやLCAさらにはその経済性検討において、次自動車用の電池の途中交換が必要かどうかは、そのアセスメント結果に大きな影響を及ぼします。電池は、材料精製、部品製造段階でも多くのエネルギーを使いますし、交換費用も考慮に入れると費用対効果も変わってしまい、将来予測にも大きな影響を及ぼしてしまいます。

このレポートによると、アメリカでの各社HEV/PHEV/EV電池の保証期間が紹介されており、各社とも基本的には8年もしくは10万マイル(16万キロ)のどちらか早く到達した時点としており、標準の無償修理期間の8年もしくは8万マイルよりも長く設定しているようです。

しかし、このレポートでも問題としているのは実際の寿命実力で、その寿命実力についても様々な調査レポートを紹介し、米国に最初に導入した初代プリウス(2001年~2003年夏)で、保証期間を超えた長期使用での電池故障率1%以下との報告や、Consumer reportによる「プリウス2002年モデルの208,000マイル走行車と2003年モデルの新車と比較したが、燃費低下や走行性能低下はほんの僅か」との調査結果を引用しています。

勿論トヨタ社内にもハイブリッド電池についての膨大な耐久データや市場調査データはありますが、このほとんどは非公開、ご紹介するわけにはいきませんでした。しかし、このような公的機関のレポートデータなら、開発時のエピソードとともにご紹介しても問題ないと判断し、今回取り上げることにしました。

このANLのレポートでは、クルマの平均寿命として、米国では乗用車は16万マイル(25.5万キロ)、SUVやピックアップトラックは18万マイル(28.8万キロ)としており、プリウスのNi-MH電池では、GREETモデルの扱いとして電池交換不要としています。開発段階でこの数字を目標とし、また保証期間外でも故障率1%以下とすることが開発の想定値であっただけに、第3者の検証でこういった結果が出たことに正直ホットしています。

この各メーカーが定めている保証期間の他に、このハイブリッド電池については、アメリカでは法規制から決められた保証期間が設定されています。これは、カリフォルニア州のLEV(Low Emission Vehicle)/ZEV(Zero Emission Vehicle)規制の改定案として追加された条項です。プリウス発売後、カリフォルニア州の規制当局CARBが実用的な環境自動車としてプリウスを評価し、ZEV規制緩和の要件としてある基準を満たしたハイブリッド車に販売量に応じてZEVとしてカウントしてくれるとの緩和条項を決めました。その要件はガソリン車として一番クリーンなカテゴリーであるPZEVカテゴリーにパスしたうえで、クリーン度にも影響するハイブリッド電池に対し、10年15万マイル(24万キロ)どちらか早く到達した時点の保証期間要件を満たしたクルマをATPZEV(先進PZEV)としてクレジットを与えるとの条項です。

2003年秋に導入した二代目プリウスから、この規定の対象として申請していますので、法規制上は排気のクリーン度としての規定ですが、10年、15万マイルの寿命保証を満たしています。この電池は加州ATPZEV専用ではありませんので、日本向けも、その他に地域の電池もこのポテンシャルを持っています。

駆動用電池は主要部品と同じ保証とした

1月のブログ「電池はなまもの?」で取り上げたように、ハイブリッドプリウスの開発リーダーを仰せつかった時に、真っ先に頭に浮かんだのは、電池の寿命、信頼性でした。このあたりの話は、今年1月のブログ、「電池は生もの?」とのテーマで取り上げています。生ものと言われた電池を、どのようにしてトヨタ車の厳しい品質要求、寿命要求に答える製品にしていくのか、していけるのか?葛藤の連続でした。もちろん、電気化学反応を繰り返す電池は永久寿命を保証できるわけではなく、寿命があることは確かです。

しかし、ハイブリッド電池はエンジンやトランスミッション同様、自動車の主要パワートレンユニット部品であり、高額な部品です。補機用12V鉛蓄電池は、消耗品扱いとして2年~3年の交換が当たり前として認知いただいていますが、ハイブリッド電池が交換前提では、広く普及を目指せる商品にはならないことは明かです。考え方としては、消耗品、メンテナンス指示がある部品を除いて、エンジンやトランスミッション、ブレーキ、操舵装置など、走る、曲がる、止るに関わる主要部品と同じ扱いとしました。

無償修理期間と製品寿命とは別な概念で、エンジン、トランスミッションなど機械部品は、保証期間を遙かに超える製品寿命を持っていることは一般常識となっており、その保証期間に注目することはほとんどないのではないでしょうか?それに対し、補機用鉛電池だけではなく、電動歯ブラシ、シェーバー、ラジコン、携帯電話、パソコンなど一般的に使われている二時電池は、「電池は生もの」と言われていたように、性能劣化があり、当たり外れもあることは常識になっていました。

社内でも様々な議論があり、寿命があることをしっかり説明をしていくべきとの意見、普及させるには製品設計として途中交換が必要ないレベルが必要との意見などケンケンガクガクの議論が闘わされた結果として、いまもトヨタのWebサイトなどで説明をしているように、「通常の使い方であれば定期交換は必要がありません」との説明に落ち着きました。

初代の円筒型電池では、製造不具合もあり故障が頻発、無償修理期間を延長し、さらに故障率削減の緊急活動を実施しましたが、1月のブログでも書いたように構造からくる問題もあり2000年のマイナーチェンジには、円筒型から新開発の角型にチェンジ、その角型で様々な寿命伸張改良を行い、前述のカリフォルニアATPZEV規定にも対応し、現在に至っています。

電池交換前提は考えられない

現在ではリチウムイオン電池を搭載した電気自動車、プラグインハイブリッド車が販売され、ノーマルハイブリッド車にもこのリチウムイオン電池が採用されるようになってきています。電気自動車、プラグインハイブリッド車、ノーマルハイブリッド車では電池の使い方がそれぞれ異なり、その耐久寿命に与える影響も違います。しかし、クルマという製品品質としての寿命要求は変わらない筈で、ANLのレポートでの無償保証期間ではNi-MH電池を使ってきた従来のノーマルハイブリッドと各社とも違いをつけてはいません。

しかし、電池の使い方、各社の説明書にある寿命の考え方、各社エンジニアのインタビュー記事などを見ると、いささか心配になってきています。電池に寿命があるのは当然で、交換が必要とはまでは謳っていないものの、容量低下すなわち航続距離の低下が当たりまえのといったように表現され、さらに寿命低下が急激におこる高温保存を避けるようにとのコメント、さらにはフル充電まで充電させないエコ充電モードの設定やそれを推奨している記述などが目につきます。

上に書いた通り、Ni-MHもリチウムイオンも電気化学反応によるもので、仕様によって消耗し寿命を持つ部品であることは事実です。ただし、電気自動車やプラグイン自動車でのEV航続距離が少し短くなる程度であれば許容して頂くことはできるとしても、クルマの生涯使用期間・走行距離の中で電池交換が必要となると、もはやこれまで通りに購入していただける「普通のクルマ」では無くなってしまいます。

プリウスも当初販売時から、高額な電池交換が必要という風評を受け続けており、そうならないように改良に改良、念には念をいれた確認を行って、こうして第3者機関等のお墨付きを頂いてハイブリッド車の今を迎えることができました。こうしら経緯も、電池技術屋だけではなく、ハイブリッド開発担当、車両開発担当も肝に銘じていただきたいと思います。

この電池寿命については、1970年代始めからその開発に取り組んだ、自動車用排気浄化触媒の耐久寿命伸張活動と近いアナロジーと感じていました。触媒本体の改良とともに、触媒寿命に影響を及ぼすガソリンや潤滑油の微量成分の除去をオイルメーカーに働き掛け、またエンジン運転でも劣化の少ない温度、雰囲気での制御、触媒の搭載位置、排気系の冷却などありとあらゆる寿命伸張、品質、信頼性向上に取り組み、加州LEV/ZEV規制では当時達成は困難と言われたマスキー規制のさらに10分の1、最初は5年、5万マイル保証からほぼ生涯保証といえる、15年15万マイル無交換を実現しました。

初代プリウスでのハイブリッド電池開発でも電池本体とその使用条件最適化と電池マネージの総合として取り組み、今回取り上げたように交換不要が証明されるレベルを実現しています。リチウムイオン電池でも、まだまだ寿命伸張の余地は大きいと思っています。中途半端にユーザーの不安を煽ったり、ツケを回すことなく途中交換は必要ありませんと断言できるレベルの実現を期待しています。最近話題となっている、自動車用電池からの電源供給機能は、災害時の緊急用を除くと、この寿命伸張に見通しがついてから、また急速充電もこの電池寿命が延びてからの話に思えます。高いハードルですが、日本の技術なら超えることは可能と信じています。