エミッション・エルスオエア・ビークル(EEV)

4月 12 2012

「探求 エネルギーの世紀」

ピュリッツァー賞受賞のジャーナリストでエネルギーコンサルタントであるダニエル・ヤーギン氏の「探求 エネルギーの世紀」(原題「The Quest」)にて、ZEV(Zero Emission Vehicle、ゼロ・エミッション・ヴィークル)についてエミッション・エルスオエア・ビークル(EEV=Emission Elsewhere Vehicle=エミッションを他のところで排出するクルマ)と表現しており、その表現の巧さに惚れてしまいました。

この本は日本では4月初めに日経新聞出版社から日本語版として出版されましたが、昨年にアメリカで原著が出版され、その評判は私の耳にも届いていました。上下巻合わせて1000ページに近い大作です。原題の「The Quest」というのは、中世騎士物語の聖杯探求の旅の意味で、これまで人類の発展を支え、さらにこれからも大きく支配するエネルギー資源とその利用、さらにその消費拡大が及ぼす影響などを、過去、現在と振り返り、次ぎの未来を考えるには、大変勉強になる本です。

また、そのエネルギー消費のかなりの割合を占める自動車についても、19世紀末のオットーサイクルから石油燃料自動車が主流となり、21世紀にむけた省エネルギー、環境対応としてハイブリッド車プリウス、さらに電気自動車、その中ではLEAFの開発と発売を巡るカルロス・ゴーン氏の言動、テスラ社、ベタープレース社、さらには日本が推進している急速充電器規格CHAdeMO(チャデモ)まで、過去から現在まで、この分野でのホットな話題を扱っています。また電気自動車、水素燃料電池自動車を巡るこれからを取り上げています。

この本の感想は別の機会に取り上げたいと思いますが、今日は、この中で、スタンフォード大学シッパー教授の言葉として筆者ヤーギン博士が紹介している「EEV=エミッション・エルスオエア・ビークル」を話題にしたいと思います。

1990年代のカリフォルニア州でのエミッション議論

さて、この「エミッション・エルスオエア・ビークル」論を読みすすめる内に、90年代の始めカリフォルニア州規制当局CARBスタッフと行った、ZEVに使う電力のエミッション議論の記憶が思い起こされました。

この時、われわれは、全米での電力ミックスのデータを基に、石炭火力発電によるパティキュレート(浮遊粉塵、PM)、亜硫酸ガス(SO2)、窒素酸化物(NOx)の排出を問題にし、それを含めて環境アセスを行うべきとの論陣を張りましたが、それに対し、彼らは、カリフォルニア州には石炭火力は無く、原子力と天然ガス火力のみであり、さらにネバダなどからの水力発電を使っているから、LA、サンディエゴ、サクラメントなど都市部の走行時においてZEVの効果はあるとの主張を譲りませんでした。なお、留意して欲しいのですが、このときの議論はあくまでも大都市の光化学スモッグ対策の議論であり、CO2対象としたものではありませんでした。

実際、最近CARBから発表されている大気環境レポートでは、光化学スモッグは大幅に改善に向かっていますが、まだまだパティキュレート、窒素酸化物が問題のレベルで、これは乗用車や小型トラックのガソリン車からではなく、その他からの排出、発電の寄与率が大きいことを示していました。

こうして最終的にはCARBに押し切られる形となり、後のZEV改定では温暖化ガスのCO2までもが、ゼロエミッションにカウントする規制が制定されることとなりました。それを受けて自動車会社などによる訴訟などもありましたが、結局連邦最高裁までこれを認める判決を出し、唖然としたのを今でも鮮明に記憶しています。

これについては丁度一年前に「ゼロ・エミッションビークル」という題材で取り上げてますので、興味のあるかたはそちらも御覧ください。

エミッション削減に真に貢献するクルマとは

ZEVの代表のバッテリー電気自動車(BEV)は、確かに走行時に燃焼による排気ガスを出しませんが、厳密に言えばその走行の為に、地球温暖化ガスであるCO2は排出しています。当然の話しですが、充電の為に使用する電気は、どこか(elsewhere)で、エネルギーを消費し排出(emission)して作られたものです。

電力の特性から言って、太陽光、風力発電だけを選んで使うことはできず、電気自動車も様々な形で発電され組み合わされた電気を利用することとなります。一部では、充電するのに払った電気料金をサステーナブル発電電力購入に充てるという擬似的な取り組みもありますが、エミッションとして考えると根本を変える訳ではありません。

次世代自動車には、燃料製造過程のエネルギー消費やCO2排出を含むWTW(Well to Wheel=井戸から車輪)、さらにはクルマの構成材料、部品、組み立てから実際の走行、廃車まで、クルマの一生でのエネルギー消費やCO2排出を議論するLCA(Life Cycle Assessment)のようにさまざまな「エミッション・エルスオエア」を考慮した上での省エネルギー、低CO2が必要です。

また、正真正銘のゼロエミッション車であっても、テストコースだけで走るプロトタイプや、ショーウンドーに展示されているだけ、車庫に使われないで保管されているだけのクルマは環境保全に何も貢献しません。普及拡大し、既存のクルマを置き換えることができてこそ、エネルギー・環境保全に貢献できるのです。
そもそもの目的は、机上やカタログ値ではなく、“リアル・ワールド”の実使用で実現すること、さらにはグローバルな総量として削減に寄与していくことは言うまでもありません。

このカリフォルニア州のZEV規制にわたし自身も交渉の当事者として反対したのは、「エミッション・エルスオエア」を考慮すると決してZEVではなく、それに対しエンジン車では大気環境に影響を及ぼさないレベルにまで排気をクリーンし、「エミッション・エルスオエア」でEVをクリーン度で上回っても構造上エンジンが着いているだけで、環境良化に貢献したと認められなくなるからです。

結局ZEV規制は実施されましたが、そのEVはクルマとしてユーザーからケッチンをくらい消えていきました。ハイブリッドプリウスはこのZEV規制対応を意識したものではありません。排気のクリーンには拘り抜きましたが、あくまでも狙いは画期的燃費削減であり、CO2削減でした。出した後に、CARBから実効があがる環境車として評価いただき、またガソリン車のクリーン技術の進化も認めていただき、パーシャルZEV、ハイブリッド車では先進技術パーシャルZEVといったカテゴリーが新設され、大気環境改善に大きな貢献を果たしています。

突きつけられた原発のエミッション

啓蒙活動としての環境自動車普及活動に水をかけるつもりはありませんが、次世代自動車としてはやはり“リアル・ワールド”で「エミッション・エルスオエア」まで考えるべきというのが今も私の持論です。石炭火力が発電の主力である中国でプラグイン自動車を走らせる場合には、今のハイブリッド車よりも多量のCO2を排出してしまうこと、またその発電所から排出される浮遊粉塵、亜硫酸ガス、窒素酸化物が中国都市部の大気汚染だけではなく、偏西風にのって日本の光化学スモッグにまで影響を及ぼしていることにも留意すべきでしょう。

電気自動車のCO2排出量比較(欧州試験モード基準)

電気自動車のCO2排出量比較(欧州試験モード基準)


出典:Ecometrica,UK,Technical Paper

ただし、この「エミッション・エルスオエア」を考えたとしても、石油の消費削減の効果からは、ポスト石油時代の自動車として、外部電力網のコンセントにプラグをさしこんで電池を充電して走らせる、電気自動車やプラグインハイブリッド車などプラグイン自動車が有望であることはZEVとは関係なく明かです。アメリカ、欧州、中国、日本とも発電電力に占める石油発電の比率は小さく(日本で8%程度)、将来の方向として期待が高まっていました。充電電力を走行に使う分だけ、石油燃料消費を減らすことができます。

また、昨年の3.11で福島原発の炉心メルトダウン事故が起こるまでは、原発からの電力による安い夜間電力充電がプラグイン自動車普及の条件、日本での自動車CO2削減の大きな将来メニューとして説明してきました。3.11前のシナリオでは、さらに原発を増設して原発比率50%の計画、充電電力のCO2はさらに下がりますし、大幅に増える夜間の余裕電力の新規需要として、自動車充電電力の値下げ交渉余地もあるのではと、“とらたぬ”の皮算用までしていましたが、このシナリオが一気に吹っ飛んでしまいました。

日本中を震撼とさせる放射能エミッションの放出とその汚染の恐ろしさを味わい、さらにCO2排出削減のため原発支持派だったドイツ メルケル首相をして日本の原発事故は「ドイツのあらゆることを変えた」とのセリフとともに脱原発に宗旨替えをさせてしまいました。「エミッション・エルスオエア」、この原発事故による放射能エミッションの実害と恐怖は、日本どころか世界全体の将来エネルギー政策、CO2削減計画、地球温暖化緩和シナリオにも大きな影響を及ぼしています。

これからの自動車が貢献できること

日本では当面は、石炭、石油発電と、これに比べるとCO2排出量の少ない天然ガス発電の増設で電力不足を乗り切ることになりますが、CO2排出が大きく増え、さらに燃料の輸入量とその価格の上昇から、電力価格も上昇せざるを得ない状況となっています。また、出力の調整を行わない原発発電による余裕電力の需要拡大として安い夜間電力価格が設定されていますが、深夜も化石燃料発電となるとすれば夜間電力料金が維持されるのかは不透明になります。

風力発電、太陽光発電、地熱発電などサステーナブル発電も、急激にこの化石燃料発電を置き換えるだけのポテンシャルはありませんし、さまざまな環境負荷影響として「エミッション・エルスオエア」を突き止め、解決していくことが必要です。

自動車の排出CO2削減からは、プラグイン自動車の行方として、「エミッション・エルスオエア」の発電CO2エミッションと、加えて、これからの電力料金上昇を睨みながら普及策を見直す必要がありそうです。1kWh当たりの東電発電時CO2排出量が、3.11前の2010年では、375g_CO2/kWhですから、これが原発の停止によりそのほとんどが火力発電となり、この値が大幅に増え、今騒がれている電力料金値上げ、さらにこれからの廃炉費用なども「エルスオエア」と言ってはおられず、国民の負担になってくることは避けられそうもありませ。

節電努力により、発電総量が減りますから、CO2排出総量も減少傾向にはありますが、いつまでも節電、節電では、不況脱出にも勢いがそがれてしまいます。安易な原発再開論には疑問がありますが、3.11以前に増して、WTWさらにはLCAとしての低CO2自動車にも、もちろんプラグイン自動車にも、さらに社会活動全体にも電力の、「エミッション・エルスオエア」としてのCO2削減への取り組み、経済成立性を高めるさまざまな低コスト努力が重要になってきているように思います。

自動車サイドも更なる低CO2イノベーション技術、その低コスト技術への飽くなきチャレンジとユーザーにサプライズと満足感を与えられるクルマづくりへのチャレンジが、日本の最大のピンチをチャンスに替えるリード役になることを願っています。