自動車と品質、もの作り

プリウスがドイツで2年連続品質NO1を獲得

昨年の12月に、嬉しいニュースが飛びこんできました。
ドイツの自動車の安全・燃費・排ガス性能試験を行う公的認定機関であり、車検統計調査機関であるTUV・SUD(テュフ・ズード)が、毎年その3年後の車検結果から発表している既販車品質調査レポートで、故障率が一番少ないクルマとしてプリウスが選ばれたとの記事です。この数年、トヨタ車のリコール問題、品質問題で、プリウスを含め、世の中を騒がせてきただけにホットし、また品質のトヨタの名をはずかしめないようにと取り組んだ初代プリウスハイブリッドの品質向上活動が、今もしっかり根付いている証のニュースとしてうれしくなり祝杯を挙げました。

しかし、もちろん故障率ゼロではありませんし、この2年間にもブレーキABS制御系のリコール、初代プリウスの電気パワステリコール、電動ウオーターポンプのサービスキャンペーンと、不具合でお客様にご迷惑をお掛けしています。品質改善、その未然防止活動には限りがないことを肝に銘じて、さらにレベルアップを続けて欲しいと願っています。
  
この何年か、石油ストーブの一酸化炭素中毒事故、火災事故リコールとその回収修理キャンペーンがテレビ、新聞を賑わせていました。10年以上も前の製品でも、重大不具合故障が発生すると、さかのぼって緊急の回収修理が必要になることを痛感しました。また一連の自動車の不具合隠しが取り上げられたのも初代プリウス発売後で、それがどこまで波及していくのかヒヤヒヤしながら、やってきた開発プロセスにコンプライアンス上の問題がなかったかなど振り返りも行ってきました。

自動車のリコール制度

日本での自動車リコール制度は、私がトヨタ自動車に入社した1969年に制定され、その実施第1号がトヨペット・コロナのブレーキ油圧配管の腐食によりブレーキ油圧が抜け、ブレーキが効かなくなる問題でした。当時、入社し最初の集合教育と工場実習が終わると、7月頃から販売店に派遣され、販売店現場でのサービス・販売実習がありました。
1ヶ月間のサービス実習では、このブレーキチューブリコール実施を発表した直後で、毎日、毎日街の中を歩き回り、駐車中のコロナの床下を除き、年式を確認しリコール対象かどうか判別し、リコール回収修理の案内ビラを付けてあるくことが仕事でした。さらに、その実習から戻り、配属先が決まるとそれがそのリコール問題の設計担当職場でした。当時の課長がTVコマーシャルに出てリコール不具合の技術説明と緊急回収修理の呼びかけを行っており、この一連の出来毎が、製造会社のエンジニアとして信頼性品質確保の重要性、設計責任、製造責任の重要性を思い知らされ、学生気分が一基に抜けたきっかけだと記憶しています。

このリコール制度は何度か改定され、リコール隠し問題などが何度か取り上げられ、またインターネットが普及し、情報公開と迅速な回収修理が求められる時代となり、主管部署の国土交通省に「自動車のリコール・不具合情報」サイトが作られ、リコール情報の公開、不具合情報のホットラインなどが開設され、だれでもその情報にアクセスできるようになっています。

その後、マスキー排ガス対策プロジェクトに加わり、クリーンエンジン開発に携わってきましたので、排ガス浄化システムの排ガス性能リコール問題は開発陣にとって最大の関心時でした。排ガス性能保証は当時でも5年、5万マイル(8万キロ)、無鉛化されたとはいえまだまだガソリンスタンドや輸送過程で混入する鉛が残るガソリンを使い、オイルも純正オイルは殆ど使われず、触媒や排ガスセンサーの性能に影響を及ぼす成分が多いオイルも出回っていました。この中で、5年、5万マイルのクリーン度保証を開発段階で行うには、市場燃料やオイルの素性を調べ、走り方を調べ、ユーザーからクルマをお借りして排気性能を調べ、触媒や排ガスセンサーを回収し、劣化状況の調査をおこない、設計へのフィードバック、耐久試験用燃料、オイルを劣化しやすいものに変え、耐久試験条件もシビアなものに見直しを続けることの繰り返しでした。アメリカの規制当局は、既販車の排ガスチェックを厳しく実施し、規制レベルを超える車種には厳しくリコール命令を出し、BIG3は軒並み大規模なリコールを連発することになり、品質イメージの低下とともに巨額のリコール費用を費やすことになっていました。日本勢はこの排ガス性能の経年品質向上に、愚直に取り組み、これが日本車の品質全体を高め、大飛躍の要因となっていったと自負しています。コストダウンも厳しく求められましたが、その前に品質、品質とコストのトレードは御法度がトヨタの暗黙知でした。

私は幸いにも、開発を担当した排ガス浄化システムのリコール問題には遭遇しませんでしたが、市場調査データではヒヤヒヤすることは何度も経験しました。ある新技術チャレンジをした時には、市場チェックではグレーのデータがでて、当時の上司から、夜もおちおち眠れないと叱責をうけたことも記憶しています。実際の担当としても、夜も眠れなくなる心境になるのは確かです。僅かなコストダウンなど一端排ガスリコールを起すと一瞬で吹っ飛ぶどころか、その車種の収益全体も大幅に悪化させてしまいます。

アメリカでは、1990年代に入ってもBIG3の排ガスリコールが続き、また様々な既販車の排ガスチェックでも、保証期間を超えた古いクルマや、排ガスシステム故障車から排出される大気汚染影響が大きいことが分かり、このブログでも何度かとりあげたカリフォルニア州のローエミッション車規制では、排気ガス性能としての保証が15年15万マイル(24万キロ)保証と自家用車としてはほぼクルマの一生のクリーン度を求められることになりました。この、保証期間延長の理由として、トヨタ、日産、ホンダなど日本勢の経年車のエミッションチェックで、保証期間後もそのクリーン度が高く、故障も少ないとのデータを集め、保証期間延長の根拠とされてしまいました。トヨタ社内の一部からは、コストの掛け過ぎ、過剰品質ではとの声を上がりましたが、品質最優先を貫いてくれたトップ方針が揺らぐことはありませんでした。

ハイブリッドと品質

プリウスの品質問題に話を戻しますが、確かにハイブリッド車は従来車に比べハイブリッド電池、電気駆動系、さらに回生ブレーキなど部品点数が大幅に増加します。構成部品点数が多いことは、従来車と同じ品質レベルなら統計的には故障率が上がってしまうのは必然です。さらに、制御系が大規模になり、人間の操作を電気信号にかえ、その信号とクルマの走行状態、様々なシステムの作動状態信号からコンピュータで駆動力、制動力などを制御する、バイ・ワイヤシステムの固まりとなり、一つの不具合がお互いに影響しあうことも心配されました。加えて、初代では新システム、新部品の固まり、トヨタ車として恥ずかしくない品質、トヨタ車品質への信頼感から初物のハイブリッド車をお買い上げいただいたお客様に不具合多発でその信頼を裏切ってはとのプレッシャーは担当スタッフ一同、押しつぶされそうになるほど強いものがありました。確かに、立ち上がりの故障率は高く、トヨタ車だかと信頼して買っていただいたお客様に多大のご迷惑をお掛けしました。

何度か、発売後の品質向上活動についてはこのブログで触れましたが、部品点数が圧倒的に多いハイブリッド車を従来車レベル以上の信頼性品質にしていくには、それだけの活動をしたスタッフの存在があり、その活動の中で、部品工場の中にまで入り混んで不具合の真因究明と対策を共同で行って来た仲間達と、それを理解して取り組んでくれた多くの工場現場、部品会社、材料会社の方々の活動の賜です。

一連のトヨタリコール問題で、大規模になってきた電子制御系がやり玉にあがり、いろいろ取り上げられました。プリウスのブレーキリコールもその代表例の扱いでした。もちろん、プリウスのブレーキ不具合は、ブレーキ性能に影響を及ぼす適合不良の不具合ですが、いわゆるプログラムバグではありません。トヨタ品質の観点からすると、結果論ですが、トヨタお設計、評価基準が甘いと云わざるを得ないと思います。

フロアーマットとアクセルレバーの干渉、アクセルペダルの戻り不良の問題以外として、電子制御系も疑われた一連の“予期せぬ加速”問題では、昨年アメリカの運輸省から連邦航空宇宙局NASAを含めた大々的な調査結果として“電子制御系”は白との判断が下され、ほっとしました。しかし、ハイブリッドの品質向上活動で力を入れたのは電子制御系だけではありません。初代プリウス発売当時の業務メモを見ながら、私の怪しい記憶を絞ってみても、不具合の三分の二は部品故障、それも水漏れ、油漏れ、部品欠品、異物混入といった従来車でもよくある不具合が占めていました。ハイブリッド制御系でも、半田付け不良、IC素子の不良など、これまた故障モードとしてはよくある不具合、これを一つ一つ原因を究明し、流失防止、再発防止を図る地道な活動が続けられたことが、従来車を越える品質レベルを達成した理由です。結局はこの品質向上活動の「ヒューマンネットワーク」を維持し、改善を続けてきた「人」がいたから、ここまで発展できたと断言できます。

個人的な経験ですが、つい最近、夜中に突然停電があり、びっくりしました。原因はエアコン室外機コンプレッサー駆動モーター内の短絡でした。修理に来られたサービスマンと話をしましたが、コスト削減のため海外製部品に切り替えてからこのような不具合が多くなったと言っておられました。初代プリウスでも海外部品の不具合には泣かされました。2代目プリウス以降では、厳しいコスト低減活動を続ける中で、海外部品の採用がどんどん増えてきました。もちろん、品質とコストのトレードは許されませんが、環境自動車普及のためには、品質レベルを維持した上でさらなるコスト低減が厳しく求められています。海外調達を増やしても、その部品メーカーがその現地の会社と一緒にハイブリッド品質を確保した結果であり、品質NO1はこれを克服した第一歩だと思います。

日本のもの作りと品質

年始のテレビ番組を見ていると、ビジネス系チャンネルで「日本のもの作り」が話題となっていました。その論点は「日本のもの作り」の重要性が叫ばれ始めたのはここ10年ほどで、1990年以前にはあまり話題にもなっておらず、「日本のもの作り」が怪しくなってきたから叫ばれるようになったとの主張を巡る議論でした。40年以上もクルマという「もの作り」現場で過ごし、現地、現物、市場の厳しさをたたき込まれてきた私としては、その経験の少ないコメンテーター達の、“以前はそれほど「もの作り」が重要との意識はなかった”との論点には賛成できませんが、最近怪しくなってきているとの意見には同感です。

その議論ではそれではどうするとの議論はありませんでしたが、尽きるところは人、人から人への伝承、ヒューマンネットワーク、人材育成が鍵、この点で今回のドイツでの品質NO1は、その人から人への伝承、自動車組み立て工場から部品現場、それも海外調達先に至るまでのヒューマンネットワークと、トヨタ・ハイブリッドの「もの作り」スピリット伝承の成果と嬉しくなったわけです。

グローバル化、調達の多様化が叫ばれ続けています。この異常な円高の中で、日本での量産商品としての「もの作り」を続けることは厳しくなってきています。しかし、調達の多様化、海外部品の採用と言っても、「設計仕様書」「試験法・評価基準書」など書類のやり取りと「契約書」では、品質確保はできません。また、アセンブリーメーカーやティア1/2といった部品メーカーもまた、その全ての構成部品一点一点の品質チェックを行い、製造工程、検査工程の全てを掴んでいるわけではありません。尽きるところは、人から人への伝承、フィロソフィーの伝承、ヒューマンネットワークでやって行かざるを得ないとと思います。様々なメンバー、会社の品質向上活動を通じて、その構成部品とシステムのデザインレビュー、工程観察、機能チェックを続けることにより数多くのコスト低減の知恵も生み出されたと思います。

いよいよ、ハイブリッド車の本格的なグローバル競争時代突入の様相、トヨタ、そして日本勢もうかうかしておられない状況です。燃費性能で、ヒュンダイ・ソナタハイブリッド、フォードフュージョンハイブリッドと、トヨタのカムリ・ハイブリッドを上回るハイブリッド車も続々登場してきています。環境性能で負けては洒落になりませんので、その巻き返しを急ぎ、「もの作り」「ヒューマンネットワーク」を生かした安心・安全品質NO1維持が日本の生きる道です。
己を知り、敵を知り、驕ることない日本自動車エンジニアのチャレンジを期待します。

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