1970年代の自動車開発競争。「マスキー法」の思い出

8月 18 2011

「マスキー法」の衝撃

「マスキー法」という名前にピンとくる人はもう少なくなってきているかもしれません。
「マスキー法」とは、一般的に酸性雨、オゾン層保護、都市大気汚染防止のために制定されたアメリカ合衆国連邦政府大気浄化法の1970年改定案を指し、この名は提案者であるアメリカ・メイン州知事から連邦上院議員に当選した、エドマンド・シクストウス・「エド」マスキー氏から名付けられたものです。
当時、ロサンジェルスなどの西海岸大都市において、光化学スモッグなど自動車排気を原因として大気汚染レベルの急激な悪化が社会問題となっており、それに対処するために打ち出されたマスキー法は、内容としては自動車排気ガスのクリーン度を従来の10分の1以下とすることを求める極めて厳しい内容でした。
その厳しさは、60年代後半からアメリカへとクルマを輸出しはじめていた、トヨタや日産など日本勢だけではなく、当時の巨大なビッグスリーにとっても技術的にも全く対応の見通しがつかない、今でいう未知のブレークスルー技術を必要とする規制案でした。

結局このマスキー法そのものは、どの自動車メーカーとしても達成の見通しがつかないとのことから、1974年に廃案となり、新たな規制緩和法案が成立し実施されました。しかし、この強烈な法案が契機となって各社が将来の環境対応に備えたことから、排気ガス浄化触媒の導入、その前提となる無鉛ガソリンへの切り替え、エンジンの燃焼制御の技術など、今につながる自動車エンジンの発展に繋がったのは間違いのないことだと思います。

また、マスキー規制対応に苦闘している最中に、1973年10月の第四次中東戦争を契機とした第1次オイルショックが発生しました。欧米や日本などの石油輸入国では、輸入石油消費量削減を目的に自動車の燃費規制(アメリカ連邦では自動車メーカー別に販売車両の平均燃費の上限を規制し、これを超えた場合には罰金を科すCAFÉ法案=Corporate Average Fuel Economy)が制定されました。当時の自動車技術上の常識では、「マスキー法」が求める排気クリーン度の向上と「CAFÉ法」が求める低燃費は一方をよくすればもう一方が悪化するというトレードオフの関係と考えられていましたが、各社の自動車エンジニア達は知恵を振り絞ってこのジレンマの打破を図り、その中から、燃料噴射エンジン、エンジンのマイコン電子制御化、車両軽量化などさまざまなクリーン&低燃費エンジン技術が芽吹き花を咲かせ、今のクルマはこの両者をしっかりと両立するように考えられています。

マスキー・プロジェクトに育てられた私

1969年にトヨタに入社した私は、トランスミッション関係の設計を担当したのち、このマスキー法対応エンジン車開発プロジェクトに加わることになりました。このマスキー・プロジェクトは静岡にある東富士研究所に会社全体のさまざまな部署から人が集められてスタートしたもので、エンジン担当を希望していた私にも声がかかりその一員となったのが、1971年の秋のことでした。最初の担当テーマは、触媒をエンジン排気に取り付けてそれを使いこなすことでした。まずはものの試しと、当時はまだ一般的だった有鉛ガソリン(ノッキング防止材としての鉛の入ったガソリン)を使ってエンジンを回してみれば、1時間もしないうちに、みるみる触媒の浄化性能が低下していく始末。規制で求められている浄化性能の保証距離は8万km、いまは1時間でダメになるこの触媒をどうすればそこまで持たすのか、技術課題の先の遠さに茫然とした記憶があります。

また、当時のエンジンでは点火プラグの燻りや、点火分配器(今のエンジンではもう使われていませんが、接点切り替え式ディストリビューター)の接点摩耗などによるエンジン失火は当たり前、エンジン失火が起こると未燃焼のガソリンが触媒に流れ込み、そのすべてが触媒の中で燃焼するために、触媒が火の玉のようになり溶けてしまう故障も頻発、自動車で触媒を使うことは無謀とも言われた時代でした。

その後も、燃料と空気の比率を理論上完全燃焼する比率(理論混合比)に制御して運転すると、排気ガス中の一酸化炭素、未燃炭化水素(未燃ガソリン成分)、窒素酸化物の規制対象三成分を同時に除去できる三元触媒システムの開発を担当することになり、高い浄化率で使いこなすために、燃料噴射エンジン(EFI)とその理論混合気運転のための噴射燃料の精密制御、さらにそれを発展させたマイコン制御、それらを駆使することでクリーン化の見通しがついた4バルブエンジン、その過給エンジンなど、そのご自動車用ガソリンエンジンの主流となった開発テーマを次々と担当できたことは、今振り返っても非常にラッキーだったと思っています。

その中でも、もちろん極めつけに技術ハードルが高かったのがマスキー法プロジェクト、まさに修羅場の連続、そのプロジェクトを担当し、量産に辿りついた経験が、現役最後の修羅場プロジェクト初代プリウスハイブリッド開発にも生かせたではと思っています。

向かい風の中の開発

クリーン&低燃費エンジンの開発にいち早く取り組んだのがトヨタ、日産、ホンダといった日本勢でした。燃料噴射エンジン、マイコン電子制御の進化が、4バルブエンジン、過給エンジンといったクリーン、低燃費に加えて商品力強化のポイントとなった高出力エンジンの開発を可能にし、日本自動車勢の大きな成長を遂げる牽引力になったことは確かです。

余談ですが、1972年に本田はマスキー法をクリアするエンジンとしてCVCCエンジンを発表、1973年末に生産を開始しました。当時は触媒を使わず、有鉛ガソリンも使えるエンジンとして大きな反響を呼び、バイクメーカーの印象が強かったホンダがクルマの世界での地位を築くきっかけとなったものです。トヨタや日産は触媒方式を本命として開発中でなかなかその実用化に見通しをつけることかできず、50年、51年、53年規制(西暦ではそれぞれ1975、1976、1978)を巡っての国会審議では、当時の豊田英二社長が参考人としてCVCCを引き合いに開発の遅れを厳しく責められ、メディアでも叩かれ、国会議員、規制官庁のお役人、技術委員会の先生方が開発現場を視察されるときには、開発担当のエンジニアであった私としては見せたくもないエンジン失火で無様にも溶かしてしまった触媒を展示用に集めさせられ、大変悔しい思いをしましたものです。しかし、結局はクリーン、低燃費、高性能エンジン競争の中で、CVCCエンジンは消え、触媒、燃料噴射、電子制御エンジンが主流となっていきました。(

その当時の悔しい思いもあって、ハイブリッド開発ではどこにも負けたくない、世界初として世に送り出したいとの想いがプリウス開発のモチベーションになったことは事実です。

日本車のアメリカ進出を後押ししたのは最初から環境技術だった

さらに余談ですが、マスキー法制定ののちに、日本でも昭和50年規制、51年規制、53年規制と立て続けに排気規制導入とその規制強化が行われ、53年規制の規制数値がマスキー法のレベルと同じであり、この53年当時ではマスキー法が廃案となり、緩和規制値のなっていたため、官・学・産からメディアへの説明では日本が世界一厳しい規制を導入したと伝えられ、今でのその説明がまかり通っています。しかし、アメリカの規制では、エンジンも触媒も冷えた状態からのエンジンスタートに対し、日本ではエンジンも触媒も暖まった浄化性能を発揮できる状態での試験、さらにアメリカでは加速度も車速も日本の10モード試験法に比べるとはるかに厳しい走行条件での試験と、対応技術としては、アメリカ規制対応がはるかに厳しいものでした。燃費規制も同様、試験法の数値だけで、各国、各地の規制レベルの厳しさ比較を時々見かけますが、このブログでは何度も繰り返していますがそれはナンセンスな比較です。

さらに、このアメリカの排気ガス規制では、経年使用車両でのリコールサーベイ試験がいち早く採用され追跡調査が行われるようになりました。燃料一つとっても、規制の合否判定や公式耐久試験に使われる認証用公式ガソリンに比べると、実際の広いアメリカで使われる燃料は、触媒劣化に影響する微量鉛や硫黄がはるかに多いものが使われていました。またオイルも純正はほとんど使われず触媒毒となるリンや硫黄添加量の多いものもあり、さらにメンテナンスも基準通り実施されていることは殆どない実際のユーザーのクルマで排気チェックが行われます。その結果が不合格となると厳しくリコール命令が下されます。
また、試験のパターン以外で意図的に排気システムの作動の解除や制限を禁止するデフィートデバイス規定、規制条文で規定できない部分にも最善を尽くすことを約束させるGood Faith Efforts条項など、どれもこれも、欧州や日本に比べても厳しい規制方式でした。

排気規制の狙いは、当然ながら都市の大気汚染問題の解決が目的です。そのクリーン度の判定として、アメリカ、欧州、日本ほか各国、各地域でさまざまな試験法、こまごまとした規定、基準が定められています。さらに、それをすべてクリアすれば良いというわけではなく、実際に使われた経年車のクリーン度、さらに実際の大気環境の改善度が重要です。世界中のクルマの使い方、燃料の品質、オイルの品質、メンテナンスの状況を調べ、その実際の使用環境で高いクリーン品質を確保することなど、我々はトヨタの先輩連から手抜きをしない品質確保とGood Faith Effortsをたたき込まれました。

トヨタ、日産、ホンダの日本勢は、この排気クリーン品質でも優等生でした。実際のマーケットのリコールサーベイではビッグスリーが大規模な排気リコールを繰り返すなか、不合格車ゼロの記録を続け、アメリカ環境保護局(EPA)、カリフォルニア州大気資源局(CARB)の規制当局からも信頼を勝ち取ることができました。この実績も、日本勢がアメリカ自動車マーケットで成長を遂げることができた一因です。

燃費規制、地球温暖化緩和を目的としたCO2排出規制でも考え方は同じです。公平にそのポテンシャルを評価する尺度としての公式燃費・CO2も重要ですが、排気のクリーン度と同様、実際にそれぞれの地域、それぞれのドライバーがクルマを走らせたときの燃費削減、CO2排出低減の実効をあげることが目的であり、その目的のためのGood Faith Effortsが求められていることと自動車の開発屋は銘記すべきと思います。

脱石油、低カーボンを目指す、持続可能な社会の次世代自動車の開発は、マスキー法以上に自動車メーカーとして生き残れるかどうかを左右するまさに修羅場の到来です。しかし、その本質を押さえ、マスキー法、CAFE規制に愚直に、歩みを止めずに取り組んだように、志を持ち、ハートの熱い人材を集め、さらに材料、部品、日本のものづくりの総合力を発揮できれば、日本勢が今回も次の自動車開発をリードしていけると確信しています。

マスキー法から現在に至るまで、トヨタ*日産*ホンダの、それぞれ相手を意識し合った、「抜きつ、抜かれつ」の技術開発競争もパワーの源泉であり、その中で、意識したくても人は育ったように思います。激烈な技術開発競争の中で、次の人材が育っていくことを期待します。

 

 

)これ以前にマツダによって量産化され、一部の排出ガス性能の高さを有していたロータリーエンジンも、このホンダのCVCCエンジンも当時の純粋なエンジニアリングの結晶としては大いに評価されるべきものでした。しかし、最初の章で私が書いたように、70年代以降の自動車には、排気のクリーン度と低燃費の両立が求められたのです。そして、これらのエンジンは、それまでのジレンマを乗り越えることができず、結局主流となることはなく、CVCCは歴史の中の存在となり、ロータリーは現状では愛好家向けのエンジンにとどまっています。