アメリカでのトヨタ車の急加速問題に決着

2月 10 2011

トヨタ車の電子系統に問題なし=米運輸省
http://jp.wsj.com/Business-Companies/Autos/node_181286

今朝のWall Street Journalのインターネットサービス配信でこの記事が流れていました。
日本の新聞にも配信されていますので、このブログが目に触れる頃にはいろいろな新聞でとりあげられていると思います。

昨年の8月上旬にも、アメリカ連邦政府運輸省のこの自動車安全問題の主管部署NHTSA(National Highway Traffic Safety Administration: 道路交通安全局)からこの問題の中間報告をブログでとりあげました。

この時の報告も問題が見つかっていないとの報告でしたが、その後も追加としてNASA(National Aeronautics and Space Administration:アメリカ航空宇宙局)で行った調査結果を含め、昨日米国運輸省はトヨタ車の急加速問題に対し、「電子制御システムの欠陥は発見できなかった」との最終報告書を公表し、これが配信されました。

ある報道では、アメリカのトヨタ関係者の声として「あまりにも明確なシロ判定で拍子抜けした」とのコメントが流れていました。昨年年初のアメリカ、日本での大騒ぎが嘘のようです。このような結果になると確信していましたが、最初のエンジンマイクロコンピュータ制御の立ち上げからハイブリッドまで、自動車の電子制御システム開発に携わってきたエンジニアとして、心底ほっとしたというのがまずは一報を聞いての感想です。

急加速問題は無かったが、再度確認しておきたい品質のこと。

もちろん、トヨタ車が引き起こしたフロアマットとアクセルペダルの引っ掛かりや、ペダルリンクの戻り不良でおきた急加速問題へのトヨタの対応の遅れ対処のまずさが切掛けではありましたが、今のクルマ全体に及ぶ電子制御システムへの不信感の高まりを私は心配していました。またアメリカBig3の没落に対し、急成長したトヨタに対する政治的バッシングの色彩も確かに感じました。しかし、この急成長の中で、「安心、安全そして故障の少ないクルマ」を提供するとのトヨタのクルマ作りパワーの劣化を感じたことも正直な感想です。

ハイブリッドに限らず、通常のガソリン車もディーゼル車も、クリーン化や低燃費化を進めるためにかなり以前から電子制御システムが導入され、その制御を生かすかたちで走行性能向上や、アンチスキッドブレーキ(ABS)、トラクションコントロール(TRC)、さらにはビークルスタビリティーコントロール(VSC)、さらには衝突防止などさまざまな走行安全性向上、近年では盗難防止、スマートキー、キーレスエントリーなどなどと電子制御を活用した操作性改善、商品機能向上などの新機能が採用されています。

エンジンパワーと電気パワーをミックスして使い、さらに減速回生発電を行いそのエネルギーを再利用するハイブリッド自動車は電子制御による車両総合制御が前提、さらにドライバーの操作を制御信号として検知して走行パワーを制御するドライブバイワイヤー、シフトバイワイヤー、ブレーキバイワイヤー、エンジン停止した走行を行うことから、従来のエンジンが発生する油圧駆動パワーステアリングのかわりにモータ駆動による電動パワーステアリングによるステアバイワイヤなど、バイワイヤーシステムによって作り上げたクルマになっています。

以前のブログでも述べたように、初代プリウスの開発では燃費2倍、排気ガスのニアゼロエミッション、普通のクルマとしての走りの両立が目標でしたが、最大の課題中の課題は、車両総合制御によるバイワイヤーシステムでなければ成立しない、ハイブリッド車としての安全性能保証の確立でした。これをやり遂げられるだろうか?最初から、さらには発売した後までも常に頭から離れなかった大きな課題でした。

これが確立できなければ、量産商品としてのハイブリッド車の実用化はあり得ませんでした。さらに、バイワイヤ-システムの安全性能保証の基本は、制御のまえにクルマの基本構成として、車両パッケージ、車両寸法、車輪配置、サスペンション、エンジン、トランスミッション、ハイブリッド電池などその構成部品、次ぎにアクセルペダルとブレーキペダルの配置とそのメカ構成、スタート方式、シフトボタン配置とそのメカ構成、走行可能状態を表示するReady信号、DNPRなどシフトポジション位置などのドライバー操作系、いわゆるマンマシンインタフェースの安全設計とフェールセーフ保証です。

この設計では、ドライバーの誤認識、誤操作などヒューマンエラーを極力起さないような操作系設計をおこなった上での制御系のフェールセーフ設計の確立が重要ステップでした。決して制御系だけでクルマのフェールセーフ保証が出来るわけではありません。

アメリカだけではなく、日本でもこの急加速問題を契機に、クルマの電子制御システムの安全性保証がさまざまな方面から取り上げられ、制御系を中心に専門家を自認される多くの方々からの様々な提言を新聞、雑誌、書籍で目にし、耳にして、少なからず違和感を覚えていました。

もちろん、電子制御系のプログラムにはバグがつきもの、そのデバッグを徹底的にやることは論をまちませんが、それでも100%バグゼロ保証は不可能と思います。バグが残っても安全なクルマが、ハイブリッド開発の基本方針でした。

プログラムの中身や構成ではなく、クルマの基本設計部分、「走る、止まる、曲がる」の基本機能部分を抑えた上で、クルマ機能評価化のプロが、故障時、異常時の挙動を過去の技術蓄積、経験に基づき評価し、判断し、その故障、異常発生の真因を除去する品質向上活動をリードしました。ハイブリッドの制御系設計、設計も机上でのデバッグ作業だけではなく、このクルマ評価のプロの指導のもとで、クルマでの故障時、異常時、意地悪操作時の挙動確認と安全保障確認の繰り返しをやりきってくれました。

電子制御系の設計、デバッグだけではなく、クルマの開発もコンピュータの活用抜きにはやれない時代ですが、コンピュータ-画面上で決してクルマは作れません。基本が大切、クルマの開発者、設計者はもう一度肝に銘じて欲しいと思います。

自動車づくりの「プロ」の意識を

「未来は過去の中にあり」これは、陶芸家として著名な薩摩焼十五代沈寿官氏のことばです。最近TVを見ているときに耳にして感銘を受け、印象に残った言葉です。
氏は、一時伝統の蓄積に押しつぶされそうになり、イタリアの工房に留学、その上で伝統の蓄積、経験を下敷きにしたオリジナリティの重要性に気づいたとおっしゃっておられました。

 自動車技術はこの薩摩焼の歴史、さらに中国から朝鮮への伝えられた陶磁器の歴史と比較するとほんの一瞬の歴史しかありません。 それでも欧州からスタートしてここまで発展してきたクルマの歴史の基本の上に今のクルマもありと思います。過去の技術に過度にとらわれることは、技術進化の妨げになることは事実ですが、過去の技術蓄積、経験を無視したチャレンジはそれこそ無謀です。

人、モノを運び、安心して、気持ちよく走るクルマの基本は将来も変わりません、過去の経験、失敗、その膨大な蓄積のその土台の上に、これからのクルマもあります。もちろん今のクルマ、これからのクルマに電子制御は不可欠ですが、これに過度に頼り、さらに注目しすぎているというのが、違和感を覚えた要因でした。

クルマの基本がおろそかになり、その基本性能にプロの目でしっかり評価し、少しの評価漏れもないように評価するクルマ屋のプロ集団が少なくなってきたこと、そのような人材を育てられていないことが心配です。「急加速問題に対する電子制御のシロ判定」は朗報ですが、これに安心することなく、クルマの基本に対する過去の蓄積、経験への原点回帰から、次ぎの自動車へのチャレンジを期待します。