日本のもの作り技術とハイブリッド自動車

先週、プリウスのハイブリッド部品を製造している部品工場、昭和電工(株)小山事業所を訪問し、その技術スタッフの方々と懇談をする機会を持つことができました。新聞等で報じられている通り、9月にエコカーへの特別補助金が打ち切りとなったことから、日本でのプリウスの販売台数は一時期の驚異的な数から減少しています。しかしながら、世界のマーケットをみるとハイブリッド車への需要は非常に大きく、工場では今でもフル生産を続けています。
見学させて頂いたのは、高電圧パワー素子の冷却用ユニット部品を製造している工場で、この部品は3代目プリウスのパワーコントロールユニット(PCU)―モータ/発電機の電圧および電流制御を行う高電圧インバータを内蔵する装置の冷却に使用されるプリウスハイブリッドの中枢にあたる重要部品です。

最新ではない、だが優れた工場によって作られる部品

ハイブリッドの中枢部品の製造工場と言うと、最新技術を駆使した最先端の工作機械が作動する工場を想像されるかもしれません。しかしながら、実際にその部品製造の中心となる設備は、アルミ材の蝋付けに使われる35年前の古いバッチ炉が使われており、また組み立てラインも決して目を見張る先端技術を使ったものではありません。しかし、その工場で作られているのは、先ほど書いた通りハイブリッドの心臓部を構成するPCUの冷却用ユニットなのです。
2代目プリウスまでは、発電機、モータ、昇圧コンバートの高電圧パワー素子は、それぞれ、冷却系統も別々のモジュール構成をとっていましたが、3代目ではそれを統合した一体構造になっています。出力もパワーアップもされていますから、効率を高めているとはいえ、その部分全体で発生する熱量は並の量ではありません。それを均一の温度になるように冷却することは極めて重要であり、わずかの水漏れ、冷却水路の詰まり、冷却盤溶着部の微細な気泡によっても、発生する熱量をうまく冷却できなくなり、PCU全体がダメージを受けることとなります。それだけに何よりも高い品質が要求される部品ですが、それをこれまでに例のないくらい統合化するという挑戦的な設計が行われています。
なお、初代プリウスでは、このPCU部の水漏れ不具合に泣いた歴史もあります。この昭和電工(株)小山事業所では、その初代プリウスのPCUに比べても遙かに複雑で電力パワーも大きく、かつ周辺も統合化したPCUの冷却器を製造しているのです。冷却器の一体化は、PCUとしての軽量化、コンパクト化、さらにはコスト低減の目玉だったようです。しかし、それまではモータ、発電機、昇圧コンバータ、別々のモジュール構造だったものの一体統合化設計ですから、それによってクルマの故障率を上げ、交換費用も高くなってしまってはお客様にご迷惑をおかけしていまいます。高い品質で、かつ従来よりも低コストで製造できるかが成功のポイントです。高いコスト低減目標があっても、私なら品質リスクからその採用を見送っていたかもしれないような設計です。
かねてよりラジエターやエアコン部品として自動車にアルミ加工部品は多く使われています。アルミの機械加工では、切りかすが発生し、溶接や蝋付けでは火花や残りかすなど、様々な異物が残るのが当たり前のイメージでした。
しかしそんな私の危惧は、この工場の皆さんの弛まぬ努力と知恵による毎日毎日の『KAIZEN』作業によって、優れた工場環境の維持と、隅々まで品質の作り込みを配慮して作られた製造ラインを見ることによって杞憂だと確信することが出来ました
ここでは、わずかの異物も嫌い、とんでもない高い品質を要求する部品を、目標以上の高い良品率でそれも月産5万台以上もの規模でフル生産し続けているのです。

ものづくりの海外流出はあるか?

さて、最近こうしたものづくり技術が、韓国や、中国などに流出するのが心配との声を聞きます。確かに、電機、自動車、工作機械とその技術の移転がおこり、液晶テレビや携帯電話などでは、日本のシェアはどんどん低下しています。この工場見学で、私も冗談めかしながら、この『KAIZEN』の知恵の詰まった、製造工程、品質管理プロセスを他の所に持っていっては困ると申しあげました。ですが、正直なところ、私自身こうは言いながらそれほど心配しているわけではありません。
他の国でも製造設備、工程、検査機器をコピーし、さらに最新鋭のラインを作り上げることは可能です。しかし、自動車会社の設計、PCUなどインテグレート部品会社の設計と製造スタッフ、そこに部品や材料を納入する会社の設計、製造スタッフが密に連携した品質およびコスト目標達成に向けての共同作業、それぞれが日常業務として行う『弛まぬKAIZEN活動』を弛まず続けることは、決して容易いことではありません。この活動を継続し、この活動を通じてのどっぷりとその魂を引き継ぐ人材育成が続く限りは、日本のものづくり技術が、見よう見まねの国に追いつかれることはないというが私の意見です。
環境技術イノベーションと構造変革を迎える自動車ビジネスにおいて、この「人材」が重要であることはいうまでもありません。高い目標を掲げ、現地、現物ベースのさまざまなチャレンジのなかで、人は育ちます。品質向上もコスト低減も、目標の丸投げ、仕事の丸投げ、結果だけの判断では、人も育たず、また熱意ある人材による『創意工夫』と『弛まぬKAIZEM』の風土さえ枯らしてしまいます。現地、現物、現場、市場で、このチャレンジ作業をフォローし、支援し、フェアに評価できてこと、その人材を生かすことができ、企業間プロジェクトでも、共同作業でともに苦労し、汗を流したスタッフの成果を、役員、トップが共有できてこそ、信頼関係にもとづく、Win-Win関係が構築できます。このところ、日本でのもの作り現場での人材育成の現状を心配していましたが、今回の見学で少し安心しました。

どのようにしてプリウスがここまで来たか

プリウスはその初めからとてつもなくチャレンジングな「プロジェクト」でした。そして、そのチャレンジは今でも変わらず困難なものであり続けています。ですが、そのチャレンジが、多くの現場の『弛まぬKAIZEN』とこの活動による終わりのない品質向上活動とコスト低減活動に支えられここまで到達したこと、技術者としてはそれを決して忘れてはならないと改めて実感した訪問となりました。